第3話 潮騒のランチ
平日にも関わらず、平和通り名店街は多くの観光客で賑わいを見せている。温泉まんじゅうに磯揚げ、シュークリームなど美味しそうなお店が軒を連ね、つい目移りしてしまう。
「穂積さん、どこかでスイーツ食べてもいいですか?」
いつもなら食事制限に神経を遣うけど、もう関係ない。誘惑に耐えかねて、穂積へ問いかけた。
「いいよ。でも、昼ご飯食べれる?」
「全然平気です。私、ご飯前でも甘いもの食べれるタイプなので」
「そっか。じゃあ、好きなところ寄っていいよ」
「ありがとうございます!どこにしようかなぁ・・・・・・」
迷った挙句、直感で目に入った老舗っぽい和菓子屋に決めた。
「じゃあ、あのお店に行ってきますね。穂積さんはどうしますか?」
お店を指さして穂積に伝えると、「ああ」と頷いて彼は続ける。
「あそこ、飲むわらび餅が有名でめっちゃ美味しいよ。俺のも買ってきてくれる?」
「穂積さんもご飯前に甘いのいけるんですね」
「別にいいじゃん。抹茶のやつ頼むね」
店頭には彼が話していた通り『飲むわらび餅』と大きく掲げてあった。その抹茶味と黒蜜きなこ味を注文し、会計を済ませて彼の元へと戻った。早速、黒蜜きなこをストローで吸い込む。
「美味ーい!柔らかくてプルプル!熱海スイーツ最高ですね!」
「さっぱりするよね。買ってくれてありがとう」
穂積もひと口飲んで、爽やかな様子で歩く。
そうそう。私、こういうのに憧れていたんだった。お昼前だから他のスイーツは我慢するけど、またこっちに戻ってきたらたくさん食べ歩きしたいな。
アーケードの終点が遠くに見えてきたあたりで、ようやくお目当てのお店に着いたらしく、穂積は足を止めた。
「じゃあ、この店で買ってくるよ。外で待ってくれる?」
「わかりました」
彼のドリンクを預かると、彼は店内へ入っていった。
抹茶も味わいたい欲求を押さえつつ、残りの黒糖きなこを飲んで待つ。すると、私たちが歩いてきた方向から30代後半くらいの女子二人組が通りすがった。
「ねぇ、あの店にさっき入ったの、穂積大樹くんに似てなかった?」
彼の名前が出てきて、思わず耳を傾ける。
「えー?人違いじゃないの?」
「だいぶ大きくなってたけど、昔の面影は残ってたし間違いないと思うよ」
「ホントに?いま何やってるんだろうね」
二人の会話が遠くなり、それ以上は聞き取れなかった。
穂積大樹という人間は、熱海界隈では有名人なのか?芸能人の雰囲気はなさそうだけど、改札での振る舞いは別人のようだったし・・・・・・それとも、あの女性二人組は彼と地元が同じで、偶然近くを通ったとか?
彼は一体何者だろう。
「お待たせ。どうかしたの?」
考え事をしていると、穂積がビニール袋をさげて店から出てきた。平静を装って作り笑顔で返事する。
「いえ、何でもないです。無事に買えましたか?」
「おかげさまで。それじゃ、行こうか」
彼のドリンクを返し、私たちは再び歩き始めた。とりあえず、今は深く考えないようにしよう。
アーケードを抜けて坂道を下っていき、10分ほど歩いただろうか。徐々に潮の香りが強くなり、波の音も聞こえてきた。
「もうすぐだよ」
辿り着いたのは『サンビーチ』と呼ばれる海岸だった。階段を上ると、目の前にはどこまでも続くオーシャンビューが広がっていた。
「わぁ、綺麗!ここが穂積さんおすすめの場所ですか?」
「そうだよ。向こうにベンチがあって、景色眺めながら食べられるよ」
「ホントですか?楽しみです!」
砂浜では海水浴を楽しむ子連れの家族が海水浴を楽しんでいる。ビーチのすぐ脇は海へと突き出たテラスがあり、カップルらしき男女の姿も見受けられた。どうやらここはデートスポットになっているらしい。
「穂積さん、彼女いるんですか?」
さりげなく穂積に聞いてみた。意外だと思ったのか、彼は目を見開いて返答する。
「まさか。どうして?」
「だって、こんな素敵なところ知っているなら、デートで女の子連れてきてそうじゃないですか」
「もちろん、こういうところに連れて来たい気持ちはあるよ。でも、本当にお付き合いしたい人とは、それ以上に日常の中で感じる幸せを共有したいかもな」
どうやら彼氏面で私を連れまわしている感じではなさそうだ。その意思がわかっただけでも安心した。
「なるほど、意外と現実的なんですね」
「意外とは失礼じゃない?」
「何となく、穂積さんロマンチストっぽかったので」
私たちは談笑しながら、テラスから繋がる海岸沿いのデッキを歩いて行く。ここはヨーロッパの港町を彷彿させ、海に向かってベンチが何基も置かれてあった。
テラスから少し距離を置いたところで、穂積はベンチに荷物を置いた。
「よし、この辺にしようか」
「いいですね。じゃあ、食べましょう」
目の前には多くの船が停泊しており、水平線の向こう側にはポツンと佇む小さな島も見える。
昼休みに友人と囲むいつものお弁当も、潮風を浴びながら食べるとまた違った味がする。こういうロケーションで食べるのも悪くないな。
「倉吉さん、よかったら海鮮丼も食べる?」
「えっ、いいんですか?ありがとうございます」
「まだ箸つけてないから、ここに分けるね」
穂積はプラスチック蓋を器に、酢飯と数切れのネタを乗せて渡してくれた。醤油を垂らして、ひと口頬張る。
「美味しい!全然生臭くないですね!」
「でしょ?テイクアウトは初めて頼んだけど、ここお店の海鮮丼が俺は一番好きだな」
景色のいい場所で美味しいものを食べられて、つい顔が綻んでしまう。友人に自慢したいけど、その気持ちは胸の内にしまい、このひと時を彼とじっくり噛みしめよう。
海風を浴びながら、私たちはそれぞれの箸を進める。すると、穂積が問いかけた。
「お弁当、いつもお母さんが作ってくれるの?」
「はい。毎日彩りのない、ごく普通の中身ですけど」
「きっと早起きして準備してくれてるんだね。何の部活やってるの?」
やはり聞かれると思った。自分が『栃木の天才卓球少女』と呼ばれていたことは黙っておこう。
「一応、卓球をやってます。全然弱いですけど」
「えー、ホントに?弱そうには見えないけどなぁ」
「人一倍練習してますけど、それでも試合で全然勝てないですし、周りにもどんどん追い抜かされて……正直、私なんか卓球辞めたほうがいいんじゃないか、って最近思ってるんです」
「そっか。そんなに追い込まれてたんだね……」
せっかく現実を忘れられそうな場所で食事をさせてもらったのに、暗い話になってしまい情けなくなる。ザザー、と打ちつける波の音だけが遠くから聞こえた。
しばしの沈黙の末、穂積が口を開いた。
「もう少しさ、気楽にやってもいいんじゃないかな?」
「気楽に、ですか?」
「他人との比較とか勝ち負けとかばかりに
競技を楽しむ気持ちか。確かに勝負にばかり囚われて、すっかり忘れてたかも。負けず嫌いな私だけど、始めたばかりの頃の純粋な気持ちを思い出せるだろうか。
「そうだといいですが……」
「そうだよ。もっと胸を張って笑顔で臨めばいいよ」
いつの間にか穂積は食べ終えたようで、「ごちそうさま」と手を合わせる。
「それにしても、卓球いいなぁ。俺も久しぶりに温泉卓球やりたくなったかも」
「日帰り入浴で卓球やってるところあるんですか?」
「どうだろう。調べてみるね」
「無理に調べなくていいですよ。あと、混浴とお泊まりは無しですからね?」
「さっきも同じこと言われたんだけど?」
「忘れてるかもしれないので、釘さしておきました」
「ちゃんと覚えてるって!」
そう言って、穂積は慌てて調べ始めた。
やっぱり、この人面白いな。でも、彼のおかげで少し元気が出た。
温泉を調べてくれる間、潮騒を耳で感じて気持ちを落ち着かせよう。
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