第2話 ますみの恩返し
駅前のATMで多めに現金をおろし、駅前広場へ戻ってきた。広場には足湯を楽しむ観光客もいるが、あの男性は普通のベンチの前に座り、スマホを眺めて待っていた。
「先ほど出していただいた分、お返しします」
「ああ、手間かけさせちゃってごめんね。ありがとう」
お金を貸してくれたのは彼のほうなのに、低姿勢で申し訳なさそうに受け取る。
「あの、あなたは誰ですか?」
「自己紹介まだだったね。
「何故私の知り合いのフリをして、声をかけてきたんですか?」
「さっき、君の少し後ろを歩いてたら改札弾かれたのが見えて、様子を伺ったら焦っているようだったから・・・・・・俺なりに助けたいと思って勇気出したんだけど、とんだお節介だった?」
あの一部始終を目撃されていたのかと思うと、少々恥ずかしくなる。それでも彼が来てくれなかったら、学校や親に知られる可能性だって最悪あった。
ぶしつけに声をかけられて最初はびっくりしたけど、彼なりの優しさゆえの行動を無駄にしまいと慌ててフォローする。
「そんなことないです!むしろ助かりました。ありがとうございます」
それならよかった、と彼は肩を撫で下ろした。
「ちなみに、君は高校生?合宿か何かで来たの?」
平日の温泉街には珍しく、スポーツバッグを持って制服姿でいるのが気になったのだろうか。合宿にしては身軽すぎるし、意図的に学校をサボってることがバレないように答えた。
「えっと、
「そっか。どこから乗ってきたの?」
「栃木県の、宇都宮よりはちょっと南のほうですけど……」
「えっ、そんな遠くから!よほど疲れてたんだね」
3時間以上寝過ごして来た上に改札で引っかかるなんて、間抜けな女だと思われているだろう。
不真面目な私のことなんて好きに笑ってくれ、と心の中で思っていたが、彼はバカにすることなく話を続ける。
「でも、このままズル休みしちゃっていいんじゃない?俺も今日は講義サボってるし」
「えっ、穂積さんもですか?」
「大学行く気にならないときは、友達にも黙って一人で遠くに出かけてるんだよ。夕方からのバイトには間に合うように帰ってるけどね」
いいなぁ。私なんて毎日練習に追われて、常に卓球のことで頭がいっぱいだった。気の赴くがまま自由に過ごす彼の生き方に、ちょっぴり憧れる。
「今日、倉吉さんはこの後どうするの?」
穂積に問いかけられて、考えを巡らす。
こんな形で熱海へ初訪問するとは思いもしなかったし、温泉地ということ以外は正直この土地に知識がなかった。
「特に何も考えてませんでした。美味しいものとか、ゆっくり浸かれる日帰り温泉とかありますか?」
「いろいろあるよ。もし嫌じゃなかったら、俺なりにオススメの場所とか案内する?」
まさかの提案に、私の心臓はドギマギする。
「そんな!申し訳ないです。穂積さんにも予定あるんじゃないですか?」
「別にいいよ。元々は俺一人でぶらぶらするつもりだったし」
「穂積さんは、熱海のこと詳しいんですか?」
「詳しいかわからないけど、何回か来てて多少は土地勘あるかな」
仮に断ったとしても、この後一人で見知らぬ土地を歩く自信はなかった。
助けてもらったお礼もあるし、渡りに船だ。ここは彼の提案に乗ろう。
「じゃあ、お願いします。でも、混浴の場所とお泊まりは絶対やめて下さいね」
「もちろん、わかってるよ」
「本当ですか?最初から視線が怪しかったですよ?」
「そんなつもりないって!」
慌てふためく穂積に、私は思わず吹き出してしまった。
この人、面白いな。掴みどころがないけど、根は優しそうだし楽しく過ごせるかも。
でも、おちょくるのは可哀想だし、この辺にしておこうかな。
「からかってすいません。まずはどこに行きましょうか?」
「少し早いけど、お昼でも食べる?」
いつものこの時間はまだ授業を受けており、昼休みまでまだ1時間ほど早い。朝が早かった私の小腹も、ちょうど空いてきた頃だった。
しかし、ここでふと大事なことを思い出す。
「でも、普通に学校のつもりでお弁当持って来ちゃったんですよね……」
「うーん、そっか。この辺は新鮮な海鮮とか金目鯛の料理が有名なんだけどな」
「そうなんですか!?食べたかったです・・・・・・」
「とはいっても、店に弁当を持ち込む訳にいかないし」
あまり悪く言いたくないけど、今日に限っては毎日母が作ってくれるお弁当が仇となってしまった。
海なし県民にとっては新鮮な魚介を食べてみたいけど、持ってきたお弁当を食べずに帰る訳にもいかない。ましてや、食べずにこっそり捨ててくるなんて、もってのほかだ。
少し考えて、穂積はとあることを閃いた。
「じゃあさ、俺もテイクアウトで買ってくるから、景色のいい場所で食べようよ」
「穂積さんオススメの場所があるんですか?」
「倉吉さんの気に召すかわからないけど、とりあえず商店街のほうに向かおうか」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
私達は立ち上がり、『平和通り名店街』と大きく書かれたアーケードへ歩き始めた。
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