第8話 帰り際の約束

 屋上テラスで交わした抱擁の後、黄昏時の空を仰ぎながら、俺たちはエスカレーターで下の階へゆっくり降りていく。


「お腹すいたね。一緒にご飯食べて帰る?」

「私もそうしたいですけど、いつ帰ってくるのか親から連絡がきてて・・・・・・午前中に帰りが遅くなるとは伝えてましたが、さすがにもう誤魔化しが効かなそうです」

「まぁ、美佳ちゃんの体のこと考えたら、心配されるのも無理ないよね」

「一緒に食事できない代わりに、駅ナカのオススメのお店を紹介しますよ。とても美味しいので、帰りの新幹線の中で是非食べて欲しいです」

「ホントに!?ありがとう!」


 美佳が紹介してくれた和惣菜を中心としたお店に立ち寄り、弁当を買ってから一緒に改札を通り抜ける。

 彼女は紙のきっぷではなく通学定期のICOCAを改札にかざしており、地元民であることを実感する。


「美佳ちゃんが乗る列車のところまで見送りに行くよ」

「いいんですか?新幹線の時間が近かったら無理なさらないでください」

「平気だよ。適当にやって来るのぞみの自由席で帰るし、さっき見送ってもらったからには俺にも見送らせて欲しいよ」

「そうですか?気遣ってくれて嬉しいです」




 8番のりばに停車している、奈良線の普通城陽行きの乗降口近くまでやってきた。すると、美佳は黄色い点字ブロックの上で立ち止まり、名残惜しそうに目を潤ませてこちらを振り向く。


「それじゃ、本当にお別れですね・・・・・・石和さんに会うのが、これで最後にならないといいですが・・・・・・」

「最後のお別れじゃないよ。信じる気持ちが強ければ、きっとまた会えるさ」


 根拠はないけど、不思議とそんな自信があった。


「・・・・・・そうですね。神様が結んでくれたご縁ですよね。もし元気になれたら、今日巡った神社へ一緒にお礼参りに行きたいです」

「何なら、日本全国お望みのところに連れてってあげるよ」

「はい。楽しみにしてます」


 美佳が笑顔で答える。その願いが叶えられるよう、俺も精進しなければ。


「あの、もしよかったら連絡先交換してもいいかな?周りに言えない悩みとかあれば相談に乗るし、些細なことでも美佳ちゃんの役に立ちたいんだ」

「いいですよ。私からもお願いします」


 一線を越えてはいけない、と勝手に縛られていた理性のことなど、もう関係ない。スマホを取り出し、お互いの連絡先を交換した。


「そうだ、最後に1つ約束して欲しいことがあるんだけどいい?」


 俺の問いかけに、美佳は承知の様子で頷く。


「誰にも今日の旅のことは言わない、ですよね?」

「うん。俺たちだけの秘密にしようね」

「わかりました。約束します」

「それじゃ、元気でね」


 発車ベルが鳴り響き、帰宅ラッシュで混雑する車内へ美佳が飛び乗ると、すぐにドアが閉まった。彼女はドアの窓から小さくこちらへ手を振りながら、18:41にゆっくりと京都駅を発った。




 美佳を乗せた列車が夕闇に消え、ホームに一人立ち尽くす。通勤でも旅先でも当たり前だった光景のはずなのに、彼女にまた会えると自信があったはずなのに、突然押し寄せてきた寂しさにさいなまれて涙が溢れてきた。


 それでも、俺は現実へと帰らなければならない。


 たとえ美佳と会うのが最後になったとしても、今日のことは絶対忘れない。

 これからは、自分の好きなことが周りにいい影響を与えられる生き方をしていこう。そのために、俺は変わらなくてはならない。


 新たな決意を胸に涙を拭い、新幹線ホームへと駆け上がる。

 使いかけの一筆書き乗車券へと繋がる米原までの切符とともに、のぞみ104号へ乗り込んで東京へと帰った。








 敦賀旅の一カ月後、職場から貰った素っ気ない花束を持って帰り道を歩いていると、スマホに一通のメッセージが届いていた。



『石和さん、ようやくドナーが見つかって、移植手術を受けられることになりました!』

『よかったね!不安だと思うけど、美佳ちゃんなら絶対大丈夫。遠くから応援してるよ!』

『ありがとうございます!あの時買ってもらったお守りと一緒に、元気な姿でまたお会いできるよう頑張ります!』



 無事に手術が終わったら、美佳のもとへ会いに行こう。誰にも知られることなく、こっそりと。

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