第7話 夕暮れの空へ
17:12、京都に到着すると一目散に乗り換え改札へと向かう。
電光掲示板を確認するも、美佳が乗るはずの特急サンダーバード30号の表記はない。どうやら、向こうも定刻通りに京都へ着き、大阪へ向けて離れたようだ。
3分差ならまだ間に合うと信じ、改札内のコンコースと在来線ホームを行き来する。しかし、ホームの端の方まで目を凝らしても、美佳らしき姿の少女は見つけられない。
京都駅は奈良線、湖西線、JR京都線・JR琵琶湖線(東海道本線)、嵯峨野線(山陰本線)のホームが0番のりばから34番のりばまである。これとは別に近鉄や京都市営地下鉄のホームもあるので、とてもじゃないがそこまで回りきれない。こうしている間にも時間は過ぎていき、各方面へ次々と列車が発着していく。
もしかしたら、もう次の路線に乗り換えて帰ってしまったのだろうか。
そんな憶測が頭をよぎるも諦めきれず、中央改札口から外に出て探してみる。しかし、帰宅ラッシュに加えて外国人をはじめとした旅行客があまりにも多く、連絡手段なしで人探しができる状況ではなかった。
ふと天井を仰ぐと、ビル10階以上の高さにガラスと鉄骨に囲まれた屋根が広がり、開放的な空間が広がっている。
原則、京都の建物は景観保護の目的で高さ制限があるが、京都駅ビルや近隣の京都タワーは特例で制限以上の高さの建築が認められている。改札口から向かって左右には吹き抜けで長い階段とエスカレーターが続いており、特に西側は真上の天井よりもさらに高い場所に向かって大階段が伸びていた。
一度、高い場所から見下ろしてみるか。
ひたすら階段とエスカレーターを上り続け、15階くらいはあるであろう高さまでやってきた。
階段の終点には屋上テラスがあり、駅を見下ろすことはもちろん、京都タワーなどの京都の街並みを眺められる大広間になっている。オレンジ色に染まった街には、ところどころ明かりがつき始めていた。
当然、美佳を見つけることはできなかった。その一角にあるベンチに腰を下ろし、がっくりと項垂れる。
俺は一体、何をやっているのだろう。会えない確率のほうが圧倒的に高いとわかっているのに、かすかな期待に賭けて京都まで来て、一人の女子高生を追いかけるなんて。はたから見たら、ただのストーカーではないか。
明日からの仕事に支障をきたさないためにも、なるべく早めの新幹線に乗って帰りたい。それでも、この切ない気持ちはどうしても抑えきれなかった。
腹を括ってその場で立ち上がり、大きく息を吸い込んで夕空に向かって叫んだ。
「美佳ぁーーー!!病気なんかに負けるなぁーーー!!」
周囲の家族連れやカップル達がびくっとし、こちらへ冷たい視線が向けられるのを背後に感じる。でも、俺にとっては赤の他人だ。周りの視線など何も気にしなかった。
「自分の命があとどのくらいかなんて、誰かに決めつけられるものじゃねぇー!君の優しさと励ましは、多くの人を助けて、この先もきっとずっと、誰かに必要とされる!俺も一緒に戦うから、どうか希望を持って、諦めずに生きてくれぇーーー!!」
思いの丈を叫んで喉の奥がヒリヒリし、その場でせき込んでしまう。水をひと口含んだが、なかなか収まらそうにない。
とはいえ、俺の気持ちは京都の空に託せた。あとはこの想いが、美佳に届きますように。
心残りはあるけど、もう悔いはない。さて、東京へ帰ろう。
そう思って振り返ったときだった。
「石和さん・・・・・・?」
見覚えのある服装と華奢な容姿。人違いかと一瞬思ったが、目の前にいるのは紛れもなく、さっき敦賀で見送ってくれた美佳の姿だった。
「美佳ちゃん!?」
「やっぱり、石和さんだったんですね・・・・・・!」
美佳はゆっくりと歩み寄り、そっと俺の肩に抱きついてきた。突然の出来事に、俺の心臓は大きく波打つ。
「私のこと、真剣に想ってくれて、とても嬉しいです・・・・・・」
彼女は声を震わせ、俺の袖を濡らしていた。
「もしかして、さっきの叫び聞いてたの?」
美佳はゆっくり頷き、顔をうずめたまま続ける。
「・・・・・・後先長くない私は周りに迷惑ばかりかけて、誰かの役に立つことなんてできない。それなら、自己満足できる生き方をして最期を迎えられればいい。余命宣告されてからは、そんな投げやりな気持ちで過ごしてきました・・・・・・自分の決意やご加護を神社で祈っても、心の奥底では『やっぱり私はダメな人間だ』という気持ちが強くて、ずっと苦しかったです・・・・・・」
一緒に旅をしている間、彼女はそんな哀しい様子を微塵も見せなかった。そんな悩みを抱えていたとは知らず、俺も胸が痛くなる。
「でも、石和さんの話を聞いてはっとしました。私にも生きる価値はあるんだ。そして、病気を乗り越えた先に、誰かの役に立てるかもしれないんだ、って気付かされました。余命に縛られず、奇跡が起こることを信じて、前向きに精一杯生きてみます」
どうやら、俺の気持ちはちゃんと美佳に伝わっていたようだ。
この先、彼女が待ち受ける運命は厳しくなるだろうが、俺なりに寄り添って生きる支えになってあげたい。
俺も手を回して、彼女の背中をゆっくりと叩いた。
「そう思ってもらえてよかった。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます。でも、公共の場で叫ぶのはやめてくださいね。私もちょっと恥ずかしかったですし、万が一友人とかに聞かれてたら面倒くさいことになるので」
「そうだよね。ゴメンね」
お互いの顔を見合い、クスッと笑った。
本心からこぼれでた彼女の笑みは、雨上がりの空のように透き通っていた。
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