第6話 白鷺の導く運命
予想外の質問だったのか、美佳は驚きを隠せずに固まる。俺は真偽を確かめるべく、照れを忘れてじっと目を見つめたまま返事を待った。
すると、彼女は一息ついて重い口を開いた。
「・・・・・・やっぱり、隠さないほうがよかったですね。私、昔から心臓の病気を持っているんです。ずっと黙っててすみませんでした」
ああ、やはりそうだったのか。嘘でもいいから「そんなことないですよ」と笑顔で答えて欲しかった。純粋なところは美佳の取り柄だが、モヤモヤは晴れるどころか一層募ってしまった。
「謝らなくていいよ。もし差し支えなかったら、詳しく聞かせてもらえる?」
美佳は
「小学校1年生の心臓検診を受けたときに精密検査が必要だと言われて、そこで初めて病気を持っていることを知りました。そのときから飲み続けている薬のおかげでずっと落ち着いていましたが、去年の年末に突然体調が悪くなってしまい、2週間ほど入院しました。その時に先生から『移植手術ができないと1年持つかどうか』と宣告されてしまったんです」
愕然とした。そこまで病状が進んでいたなんて信じられない。普段から神社参りをしているにも関わらず、神様が与える美佳への試練はあまりにも残酷すぎる。
「手術の予定はまだ決まっていないの?」
「はい。つなぎとして補助人工心臓は埋め込んでいますけど、ドナーが見つかるまで時間がかかるみたいです。でも、周りに心配かけたくないので、手術や余命のことは友達や先生にも話してません」
「そっか。何かと生活で苦労しそうだね……」
「両親も私の体調を気にかけて、学校行事以外は遠くに出かけたことがなかったんです」
「じゃあ、今回一人で長野に出かけたのは?」
「身体が自由に動けなくなる前に、せめて善光寺参りはしておきたくて。友達の家に泊まりたいことを理由にすればハードルは低くなると思い、外泊を許してもらいました」
美佳が目的地に長野を選んだ理由が『一生に一度の善光寺参り』。江戸時代、一生のうちに善光寺を参拝すればご利益として極楽浄土が確約される、ともいわれていた。
ネガティブな方向に考えたくないが、自分の死期が近いことを悟っているのだろうか。
「あっ、もうこんな時間ですね。長々と話してしまってすみません」
無情にも時間は過ぎ、手元の時間は15:53となっている。在来線特急の発着するホームまで移動する時間を考えると、もうお店を出ないといけない。
「ううん、教えてくれてありがとう」
味の薄くなったアイスコーヒーを飲み干し、会計を済ませて俺たちは改札口へと向かった。
とうとう美佳との別れの時間がきてしまった。俺は特急しらさぎ12号名古屋行きで東へ、美佳はその向かい側に停車している特急サンダーバード30号大阪行きで西への帰路に発つ。しらさぎが先に出発するため、彼女に見送られる形になった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、身体のこと知らずに突然連れ回しちゃってゴメンね」
「気にしないでください。一緒に巡れてとても楽しかったです」
病人であるとは思えない佇まいで、美佳は笑みを浮かべる。こんなとき、どんなことを言えばよいのだろう。必死に考えるものの、うまく言葉にできなかった。
「少しでも早く元気になれるといいね。お大事にね」
「ありがとうございます。石和さんもお気をつけて」
扉が閉まり、16:09に特急しらさぎ12号は定刻通りに敦賀を後にする。小さく手を振って見送る美佳の姿は、あっという間に見えなくなった。
カメラの画質も相まって、フレームに映る美佳はとにかく美しかった。それでも、彼女が微笑む可愛げな笑顔の向こう側には、どこか諦めじみたような哀愁漂う表情のようにも見える。
もしこのまま手術が受けられなかったら、そう遠くない未来に彼女はこの世から消えてしまうのだろうか。そうなると、今日の数時間の出来事でさえ幻になってしまいそうだ。
できるものなら、俺の心臓を提供してでも美佳を救いたい。だけど、彼女は俺の趣味や特技を認め、存在価値を教えてくれた。それに応える形で、俺は俺なりに生きなければならない。
別れ際、美佳が少しでも長く生きたいと思えることを、言葉にして伝えられなかったものか。
文面にするのは簡単だけど、仮にSNSで美佳のアカウントを見つけてメッセージを送ったところで、それが気持ちの籠ったものだと受け止めてくれるだろうか。
ならば、やっぱり直接会って俺の気持ちをはっきりと伝えておかなくては。
16:42、
再び改札を抜けて向かった先は、東京とは逆方向の東海道新幹線下りホーム。既に停車中だったひかり647号新大阪行きに飛び乗り、米原を16:53に後にした。
この先の時間を確認したところ、敦賀を出発したのは俺が4分先だが、京都に到着するのは美佳の乗るサンダーバードの3分後だ。
たとえこれが最後のチャンスでもいい。もう一度だけでいいから、どうか美佳に会わせてくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます