第4話 金ヶ崎の退き口
敦賀駅からの周遊バスに揺られて約10分、金崎宮前のバス停で俺たちは降車した。
バス停のあるロータリーのすぐ側には、錆びたレールや鉄道用の信号機、貨物コンテナがある。
「この辺にも線路が通っているんですね」
「上に道路が舗装されて、今はもう使われてないみたいだけど」
この一帯はかつて海外との玄関口として栄えていた歴史がある。ウラジオストクまでの航路を経てユーラシア大陸を横断し、東京からヨーロッパまでを鉄路で結ぶ国際列車の重要な中継地点だった。
時代の流れによって線路が分断されても、赤レンガ倉庫の建物など、当時の繁栄していた面影は現代にも残されている。
「石和さんが敦賀に来た目的って、こういう昔の鉄道路線の名残を巡ることですか?」
「まあ、そういう感じかな。かなりマニアックだし、こんなの一緒に見てもつまらないでしょ?」
「そんなことないです!日本の成長に貢献した大事な遺産なんですよね?むしろ、見て回ってみたいです」
美佳が真剣な眼差しで返答する。そう言ってもらえるだけでも、俺はとても嬉しくなった。
一緒に回る時間を作るべく、先ずは彼女の希望を叶えることにしよう。
「まずは美佳ちゃんがお参りしたい、って話してた神社に行こうよ。あの山の上にあるのかな?」
「そうみたいですね」
山の向こうを見上げると、美佳は一転して自信なさげに答える。そして、俺の顔を伺って恐る恐る問いかけてきた。
「あの、私はゆっくり上っていいですか?お参りしたい気持ちは強いですけど、階段はちょっと自信なくて……石和さんは先に行ってもらって構わないです」
「わかった。俺もゆっくり歩くから、焦らないで来てね」
境内へ続く参道は緑のトンネルに囲まれた石階段が奥まで続いている。一段の幅は広く、それほど急な階段ではなさそうだ。
木漏れ日を気持ちよく浴びながら足を進める。時折振り返りながら美佳の様子を伺うが、彼女は手すりに掴まりながら一段一段をゆっくり上っている。
美佳ちゃん、坂や段差を上るのは苦手なのかな?
そう思っていると、中間地点あたりの踊り場で足を止めてしまった。苦しそうにしている姿に放っておけず、慌てて彼女の元へ駆け降りる。
「大丈夫?ゆっくり休んでいいよ」
大きく肩で息をする彼女の様子に、こちらまで心配になる。
「ありがとう、ございます……私が、お参りしたいと言ったのに、ご迷惑をおかけして、すみません……」
残り半分くらいの階段も、この調子では彼女とって苦痛なのかもしれない。覚悟を決めてその場でしゃがみ、彼女へ声をかける。
「後ろに乗って。上まで連れて行くよ」
「えっ、そんな!私、けっこう重いですし、石和さんのほうが危ないですよ!?」
「これ以上、美佳ちゃんに辛い想いをさせたくないからさ」
高校時代は帰宅部だったものの、中学時代は陸上部に所属しており、練習の一環で部員をおんぶしてダッシュをしていた。もう十年前の話だし階段でおんぶしたことないので、正直自信はない。それでも、美佳をこのまま放っておけなかった。
彼女は迷っている様子だったが、この調子では上り切るのは難しいと悟ったのか、申し訳なさそうに引き受けてくれた。
「じゃあ、お願いします。転ばないように気をつけてください」
「わかった。俺のカメラ持ってくれる?」
俺の荷物を美佳へ預けて背中に担ぎ、一段ずつ「よいしょ!」とかけ声を出しながら前へ進む。
彼女が重いという印象はないが、それでも人をおんぶして階段を上るのはかなりキツい。ゆっくりだとかえって疲労が溜まりそうなので、ペースをやや早くして駆け上がった。
それにしても、こんなところを誰かに見られたら恥ずかしい思いをするところだった。他に参拝客がいなくて、本当によかった。
麓のバス停から合計で100段ほどだろうか、ようやく境内の入口に辿り着いた。途中で休憩することなく、美佳を運んでこれた。
「はぁ、はぁ・・・・・・やっと着いたね!」
「ありがとうございました。凄い体力ですね!」
「けっこうギリギリだったよ・・・・・・」
美佳を降ろすと、俺も息を大きく切らしてその場で蹲った。滝のように汗が吹き出し、背中をびっしょりと濡らす。
「大丈夫ですか?そこのベンチで休みましょう」
最初の鳥居をくぐった先の広場に、石のベンチが多く設けられていた。美佳の体調のこともあるし、お参りはそこで休憩してからにしよう。
軽く一礼して鳥居をくぐると、境内の神聖な空気に身が引き締まる想いがした。海風が木々を大きく揺らし、まるで俺たちを歓迎しているかのようだ。
境内のベンチに腰を下ろして手持ちのペットボトルを飲み干すと、目の前に港全体の風景が広がっていた。
「綺麗!けっこう高いところまで来たんですね!」
「そうだね。街を見下せるところに神社を造るって凄いよね」
昔の人は富士山のように、山自体を神聖な場所として崇めている、というのを聞いた事がある。きっと同じ理由でこの神社も建立されたのだろう。
すると、美佳が口を開く。
「この山にはかつて、金ヶ崎城というお城がありました。『金ヶ崎の退き口』っていう戦いの舞台で、織田信長が浅井長政に裏切られた際に、難を逃れて無事に京へ戻れたんです。あと、金崎宮は『恋の宮』とも呼ばれているので、難関突破や縁結びのご利益があるみたいですよ」
「へぇ、信長のエピソードがこんなところにあるとは知らなかった。美佳ちゃん、すごく詳しいね」
「ありがとうございます。戦国時代は特に好きなので、よく勉強しました」
「そう考えると、この辺って歴史的なエピソードが盛りだくさんだね」
「確かに!私も知らなかったことがありましたし、実際に巡ってみるとこんなに面白いんですね。連れてきてくださって、ありがとうございます」
美佳に楽しそうに話してくれるのを受けて、俺も思わず顔が綻びる。
誰かと旅することって、こんなに楽しかったんだな。付いてきてくれた美佳には、感謝の気持ちでいっぱいだ。
お喋りしながら休んでいるうちに、お互いだいぶ呼吸が整ってきた。
「体調はもう平気?」
「はい、私は大丈夫です。気遣ってくださってありがとうございます」
「それならよかった。じゃあ、そろそろお参りに行こうか」
社殿には手前の舞殿と奥の御本殿があり、御本殿でお賽銭を入れてお参りをした。
参拝を終えて社務所でお守りを買うと、社殿の左に『花換の小道』と書かれた看板が立っているのを見つけた。この先も山に沿って遊歩道が整備されているらしい。
「どうする?行かなくても良さそう?」
「そうですね。ちょっと疲れちゃいましたし、他の場所も回りたいので大丈夫です」
「わかった。それじゃ、下に戻ろうか」
最初の鳥居から続く階段を降りようとしたところ、美佳が足を止めて呼びかける。
「あの、すみません。石和さんのカメラで私のこと撮ってもらえますか?」
思い出は目に焼き付ける、という方針の彼女から撮影を頼まれるとは予想外だった。念のため確認で聞き返す。
「別にいいけど、どうして?」
「背負って連れてきてくれなければ、たぶん諦めて引き返してたと思います。ここの景色、とても綺麗で二度と来ることもなさそうなので、撮るのが上手そうな石和さんに残して貰いたくなりました」
もちろん俺は断る理由はない。
「わかった。ちょっと待ってて」
カメラを取り出し、太陽光の当たり方を確認する。敦賀港を見下ろす背景が理想だったが逆光となってしまうので、社殿の鳥居と周囲の緑を囲んだ構図に変更して美佳を立たせる。
そして焦点を合わせて、シャッターを切った。
「OK。ばっちり撮れたよ。後でスマホに取り込んで送るね」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
「帰りは階段降りれそう?」
「はい。上りよりは楽ですけど、またゆっくり降りますね」
帰りにも鳥居に向かって別れの一礼をすると、海風がまた強く吹き込んだ。
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