第3話 敦賀要塞

 長いエスカレーターを降りていくと、美術館のロビーのような落ち着いた雰囲気の広々としたコンコースが現れる。その先には19機もの改札機が並ぶ乗り換え改札があり、そこを通り抜けたところで窓口が見えてきた。


 無事に美佳の特急券を遅い時間の列車に変更できたが、その間にコンコースは在来線特急から降りてきた乗客であっという間に埋め尽くされた。その大半は慌ただしく乗り換え改札のほうへと駆けていく。


「きっぷの変更、教えていただきありがとうございます。それにしても、凄い混雑ですね」

「帰りの列車も新幹線と接続してて混みそうだし、夕方は少し早めに駅に戻ろうか」


 美佳も「そうしましょう」と頷く。

 関西方面と北陸方面を行き来する人たちにとって、敦賀は単なる乗換地点に過ぎないのだろうか。少々勿体無いと思いつつ、混雑に逆行する形で街の中心部に近い西口改札へと向かった。




 在来線コンコースには動く歩道もあり、思った以上に改札口は遠く感じた。外の空気を吸うと、美佳は大きく背伸びする。


「うーん、ようやく着きましたね!」


 外は雲ひとつない青空が広がり、海からの風が彼女の髪をたなびかせる。


「改札出るまで疲れなかった?」

「大丈夫です。それにしても、あんなに高いところから降りてきたんですね」


 振り返ると、平屋の西口駅舎の奥にさっき俺たちがいた新幹線ホームの入っている建物が見える。ビルの高さにすると12階建てに相当し、その佇まいはまさしく要塞のようだ。


「移動してたら、お腹空いてきましたね」

「時間的にちょうどいいもんね。お昼は何にする?」

「私は何でもいいですよ。石和さんが来たいと仰っていた場所なので、お任せします」


 美佳の気遣いに、こちらが申し訳ない気持ちになってしまう。

 元々一人で回るなら、駅の立ち食い蕎麦で安く済ませるつもりだった。到着する前にも二人でいろいろ候補を挙げたものの、ここは美佳に大人らしいところを見せたい。少し背伸びをしてでも、美味しいところで彼女に食事をさせてあげたかった。


「ソースカツ丼も気になるけど、やっぱり海鮮にしようかな。東京だと安くて新鮮な魚なかなか食べられないし」

「いいですね。では、混雑する前に行きましょうか」


 駅から歩いてすぐのところに、現地で獲れたての魚を提供する海鮮丼のお店があった。昼時でありながら待つことなく、すんなり席へと案内してもらえた。


 注文を済ませて料理を待つ間、俺は美佳に話題を振る。


「美佳ちゃん、歴史的な場所が好きなんだっけ。長野ではどんなところ回ったの?」


 新幹線の車内で観光したいところを一緒に考えている中で、美佳は歴女であることを知った。特に神社仏閣への興味が強く、地元京都にある神社もよく巡っているらしい。


「昨日は朝早くに家を出て、松本城とその周辺の神社やカフェを巡ってきました。今朝も善光寺をお参りしてきたんです」

「そうだったんだ!かなりアクティブだね!善光寺って、そんなに早い時間からお参りできるの?」

「7時半くらいに行ったら、普通に本堂へ入って見学できました。朝から歩き回ったら少し疲れちゃって、休憩しているうちに新幹線の時間ギリギリになっちゃいましたけど」

「そっか。昨日からずっと慌ただしかったんじゃない?」

「はい。でも、ずっと行きたいところに行けたので、もう他に思い残すことはないです」


 美佳はスッキリした表情で答える。それならよかった、と俺も最初は思ったが、ふと違和感を覚える。


 話を聞く限り、彼女にとっての好きなことは歴史ある建造物や街並みを歩き、パワースポットでご利益を貰うことだ。

 そのために長野まで足を運んで目的を達成してきたのだろうけど、彼女の発言からして、今後はもうどこにも出かけられなくても良い、というニュアンスにも捉えられる。


 本心で好きなことなら、果たしてそのように考えるだろうか。


 美佳はまだ高校生だし、日本には歴史情緒溢れる場所は他にも沢山あるし、この先の人生で旅に出るチャンスだってきっとある筈だ。

 一体、彼女が旅に出た理由は何だろうか。


「あっ、でもせっかく敦賀にも寄れたので、神社巡りも楽しみです」


 補足するように彼女が話を続ける。気を害さないよう、今は深く考えないことにするか。


 美佳から先ほど敦賀の代表的な神社として、氣比神宮けひじんぐう金崎宮かねがさきぐうという場所があることを教えてもらった。その二か所を中心に回れるよう、プランを頭の中で組み込む。


「お昼食べ終わったらさ、まずは金崎宮のほうに向かおうよ。俺が行きたいと思ってたところ、そのすぐ近くみたいなんだ。氣比神宮もその道中にあるし、併せて回ろう」

「わかりました。楽しみにしてますね」


 会話をしているうちに、注文していた海鮮丼が運ばれてくる。俺たちはしばし、北陸の海の味覚を堪能した。




「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


 ゆっくり味わうつもりだったが、お互いお腹が空いていたのか、ネタが盛り沢山の海鮮丼をあっという間に平らげた。


「それじゃ、先に会計済ませてくるよ。準備して待っててね」

「わかりました」


 会計へ足を運ぶと、レジを打つ店員の向こう側に美佳の後ろ姿が遠目で確認できる。彼女は左手で口を覆い、その後斜め上を向いているように見えた。

 ご飯食べ終わって、眠くなったのかな?


「140円のお返しです……お客様?」


 店員に声をかけられ、ふと我に返る。


「あぁ、すみません。ご馳走様でした」


 慌ててお釣りを受け取り、少々恥ずかしさを覚えつつも席へと戻る。


「お待たせ。もう少し休んでから行く?」

「いえ、大丈夫ですよ。ご馳走していただき、ありがとうございました」


 美佳は深く礼をする。どうやら食後の眠気はなさそうで、俺の勘違いだったようだ。


 外は暑そうだけど、めいいっぱい観光を楽しもう。

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