第2話帰還


 王立学園が夏期休暇に入ったのでユーフォニア・ファキネッティは領地に帰ることにした。


 約半年ぶりの領地への帰還だ。


 貴族は12歳から王立学園に通うよう義務付けられている。


 ユーフォニアも王都の屋敷から学園に通っていた。


 領地に帰るのは夏と冬の二回だけだ。 


「ロビーお兄様は屋敷にはいらっしゃらないの?」


 迎えに来た侍女に馬車の中でたずねた。


「研究でお忙しいそうです」


「今度はどこへお出かけになったのかしら」


「クェイルを求めて各地を飛び回っていらっしゃるようです」


 兄は学園を卒業した後、研究者になってクェイルの研究に勤しんでいた。


 クェイルーー世界最大の生物であり、その生態は謎に包まれていた。


「そう、お会いできないのは残念ね。サンドラは?」


「サンドラ様は来年の王立学園入学の準備に忙しくされています」


 二つ年下の妹は冬が明けると王立学園に入学する。姉と一緒に通えるというので張り切っているらしい。


 学園に入学して一年と半年、自身の学園での生活を振り返って、ユーフォニアは小さなため息をついた。


 リッカルド王子。同学年であり婚約者でもある。


 初めてリッカルド王子からかけられた言葉は「オレの子供を産んでくれ」だった。


 自身の容姿によほど自信があるのか、あるいは頭の中がピンクのお花畑なのか。


 ありえないほどキモかった。


 王族でなければ即断交ものだ。


 王子の子供を産みたい女性などいくらでもいるだろうに。


 なにもわたくしでなくても、と思う。


 ファキネッティ侯爵家は学問や研究に重きを置く家系なので、婚姻は二の次だった。


 リッカルド王子の強い要望でファキネッティ侯爵家も最終的に折れた。


 その王子だが現在は男爵家の令嬢に夢中だった。 


 アンベリアン・チースダルト男爵令嬢、ストロベリーブロンドの甘い砂糖菓子のような女の子。


 学園に入学してすぐに王子の目にとまり、今では寵愛を得るまでに至った。


 アンベリアン自身が王子から「オレの子供を産んでくれ」と言われたと嬉しそうに周囲にもらしていた。


 なにが嬉しいのかわたくしには全く理解できなかったのだけれど。


 そういうものだと割り切り、王子とアンベリアンが楽しそうなのでそっとしておいた。


 それよりも王子という邪魔が入らなくなったため、いっそう勉学が捗る日々であった。


 もともとユーフォニアは恋愛には全く興味がなかった。


 ユーフォニアの関心事はたったひとつ。それは。


 メイドが屋敷の扉を開け、中に入ると待ってましたとばかりに飛びついてきたちょっと太めの白い猫。


 ユーフォニアは猫を抱き上げて自室に歩いて行った。


「シロエ、わたくしの癒し」


 ベッドに一緒に寝転んで、白いお腹に顔をうずめ、すーっと息を吸い込んだ。


 いわゆるネコ吸いだ。


「ああ、しあわせ」

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