第15話 わたくしの、最後の試練の決着です

「ぬううううっ!」 


 聖堂が紅に染まる。業火に飲まれるは悪霊。流石にこれはこたえたのか、唸り声をあげている。


 ――これで効かなければ、もう有効打はありません……! 倒れてください。


「やってくれたな、小娘……! だが!」 


 パチン。


 指を鳴らした、悪霊。すると……。


「炎が、消えていきます……!? というか傷まで癒えていますね」 


 これで本当にらちが明かなくなってしまった。悪霊は炎を消すどころか、その身を回復することすらできるらしい。


「ふっ。な、小娘」 


 デモンが腕組みして、相手を認める。


「強い……ですか」 

「む?」 


 悪霊の言葉に違和感を覚えた月夜。思わずうつむいてしまう。


「なんだ。それだけの強者つわものでありながらまだ高みを目指すというのか?」 

「違います」 


 黒髪のメイドがきっぱりと否定。


「ではなんだというのだ?」 

「………………」 


 彼女つくよが、おもむろに唇を開く。


「わたくしはこの世界ではないところから来たのですが、本当は不安で仕方ありませんでした。頼れる人もいない。何も分からない……そこでシアルツァ君という子に出会ったのですが」 


 その少年の事を話し出した。


「彼はいつもわたくしについてきてくれて、助言をしてくれました」 

「……」 


 デモンは悪霊として、ではなく。武人として、その少女の胸の内を受け止める。


「その子が、いなくなって。初めて分かったんです。彼はわたくしにとってかけがえのない存在だということが。だから、その」 


 顔をあげた、黒髪の少女。そこには――。


「あの子は、無事なのでしょうか」 


 年相応の、うるんだ瞳があった。


 それを見た、デモン。寄り添うようにして、語りかける。


「……我にも、不安などある」 

「……え?」 


 意外。これだけの実力を有した悪霊にも、抱えていることがあると。


マスターが、帰って来ぬのだ」 


 月夜はこくりと頷く。その心からの言葉に聞き入って。


マスターは命の恩人。元々、月の光に弱かった軟弱な生霊の我を魔力で世界に留めてくださった。そこからは様々な依頼クエストに同行。経験を積ませてもらった」 


 その悪霊は空を見上げる。


「そして今より三年前。『ここを任せた』 と言ったきり、会えなくなってしまったのだ。そこから三年間、同じ風景だ」 

「……なるほど」 


 月夜はうるむ瞳をぬぐう。


「貴方も、不安なんですね」 

「……」 


 沈黙。それは紛れもない肯定の意だった。


「……はて?」 


 ここで月夜はある事に気付く。


「む? なんだ。まだ何かあるのか、小娘。特別に聞いてやらんでもないぞ」 


 ふん、と鼻を鳴らすデモン。だが、その得意気はすぐに崩されることとなる。


「月の光が……苦手、ですか?」 

「………………はっ……!!!」 


 悪霊に、稲妻のような衝撃が走った。情に流されて、自身の決定的な弱点を晒してしまったのだ。


 善は急げ。月夜はかがみ、ありったけの力をその拳に込める。


「それでは……わたくしが」 

「ま、待て小娘! それでは我がここに顕現出来なくなる! 約定を守れなくなるのだ!」 

」 

「はっ?」 


 その悪霊は、たった一言に呆けてしまった。


「これで、この任務は遂行不可能です。貴方はどうしようもなく、失敗するのです。わたくしのせいで」 

「そうか、貴様ッ……!」 


 デモンが、月夜の行動の意味を理解する。それは彼の怒髪天を衝くものだ。


たわけが! 我がそのような事を許すと――」 

「では、会いましょう。会いたい人に。それは、絶対に間違った感情じゃありませんから――!」 


 しかし、デモンは既に月夜に遅れをとっていた。速度も、想いも――。


「ふっ――!」 


 再び繰り出された、会心の一撃アッパーカット。超質量の暴発から巻き起こる竜巻が、洞窟の天井に風穴を開ける――!


「があああああっ!」 


 月の光に照らされた悪霊デモンが、どんどんと小さくなってゆく。


「覚えていろ、小娘がぁ……!」 


 やがて瓦礫の下に身を隠してしまった。




◇◇◇




 聖堂――だったところ。天井にぽっかりと穴が開いており、そこからは満天の星空と三日月が覗いていた。


 「依頼クエスト、完了しました」 


 月夜は聖堂から頭上を見上げて宣言。崩落した岩の上に四つの人影が。


「これ……まじでお前がやりやがったです? どうやったか教えやがれです」  

「……信じられませんわね。身体強化の魔法かしら? もしそれなら極致、ですわね」 

「はは、ほんとすごいよねー。今度ボクとも手合わせしてほしいな」 


 戦線防衛機構ラインオブヴァルキリーの面々だ。全員がもれなく感嘆の声をあげている。


「月夜様」 


 そして老人、執事ヴァーサが。


「これにてすべての試練が終了いたしました。……皆様、一度屋敷へ帰りましょう」 


 朗らかな表情かおでもって、みなに帰還を告げた。


『かしこまりました』 


 四人のメイドは、跳躍。月下に照らされながら山を下っていく姿は実に、美麗だ――……。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る