第14話 わたくしの、最後の試練です

 暗闇。月夜はどこか頼りない灯りのカンテラを手に、一直線の道を歩いている。


「どこまで続いているのでしょうか」 


 魔物が暴れた痕跡は特に見当たらず。綺麗な洞窟だ。逆にそれが違和感を感じさせるのだが。


 聴覚の情報としてはカツン、カツンと。自身の靴音だけが入ってくる……はずだった。


「……なにか、聞こえますね」 


 洞窟内に、何者かの声が反響。


「こ……た……」 


 月夜はその鋭い五感でもって、声の主を探った。しかし。


 ――距離感がつかめませんね。近いのか遠いのかよく分かりません。


 「ここ……し……き」 


 だんだんとその声が近づいてくる。もはや視界に入っているはずだが……それでも何の気配もしない。


 おかしい。そう思った月夜は足を止めた。刹那。


 眼前の景色が明瞭になり。


「ここへ、何をしにきたと聞いているのだ!」 


 聖堂のような場所がひらけ、その中心に紫紺しこんの悪霊が顕現した。


 その姿はまさにランプの魔人。絵本の中でしか見たことがないようなそれに月夜は目を見開いて驚く。


「我がかの悪霊、デモンだと知っての狼藉ろうぜきか? わざわざ気配を出して警告しているというのに命知らずな奴め」 


 ふむ、と。月夜は顎に手を添えて考えている。


「聞いているのか? 今なら見逃してやる。すぐに立ち去れ、小娘」 


 悪霊デモンから湧き出る闘気オーラ。一般人ならば気絶しているであろうその圧から、月夜は相手を見極めた。ああ、こいつこそ――


「申し訳ございません。どうやら貴方を倒さなければならないようです。……です」 


 戦うべき相手なのだと。


 デモンが、眉をひそめた。


 ――その華奢きゃしゃ風貌ふうぼうからは気付かなかったが……そうか、こいつは。


「……よかろう。なんじ強者つわもののそれだな? 誰一人巻き込まず、己だけで決闘を申し込むその気概は認めよう。受けて立つ」 


 開戦の合図は何も言わずとも互いに理解していた。


 ……カンテラの灯火が、ふっと消え去る――。


「虚しく散れぃ! 『ケイオスブラッド』!」 


 超速で詠唱された、魔法。不可避。暗黒の球体に閉じ込められる月夜。


 ドン、と球体が炸裂。すると魔力の奔流ほんりゅうが、波となって洞窟内を駆け巡る。瓦礫が降り、土煙が吹きあがっていく。


「悪く思うな。我は誰であろうと手加減などしない」 


 土煙が、かき消えていく。そこに、なんと少女の人影が存在。


 ナイフさながらに鋭く、ぎらりとした瞳がのぞく。海に乱反射する陽光のように、つややかな黒髪がなびいた。


「……!」 


 その紫紺しこんの悪霊は、ゾッとして声も上げられず。


「熱くて、冷たい……そんな感覚でした。珍しいです」 


 月夜は、生身で最高位の魔法に耐えきったのだ。感想すら述べる余裕がある始末。


「わ、我の最高位闇魔法を無傷で、しかもその肉体のみで防いだと!?!?」


 理解が追いつかない。そんな人間はこの世界に存在しないはずだからだ。


「次は、わたくしの番です」 


 最強のメイドが、渾身の力を拳にこめる。大気がねじ曲がり、その拳に集中していく。そこから繰り出されるは――。


「ふっ!」 


 正拳突き。一見、距離があってとどいていない。しかも無音。デモンは防御態勢をとっていたが、一瞬緩む。だがその間隙かんげきをつくように。


 パァン! 


「ぬっ、おおおおおっ!?」 


 それは、遅れてやってきた。弾ける音とともに絶大な衝撃波が発生。再び洞窟が崩落。煙が舞い上がる。


 決まった。そう確信した月夜が構えをといた、が――。


「......ふふ、残念だったな」 

「!」 


 響き渡る、重厚な声。煙がはれたそこには。


「我の特性は『』というものだ」 


 紫紺の悪霊がいた。腕を組み、得意気にしている。


「なるほど。それは、凄いですね」 


 デモンに続き、月夜も驚愕。自身の全力の一撃を防いだ者などいままでいなかったのだから。


『………………』 


 しばらくの間、互いににらみあう。自身の主力が通じないとなると、次の一手は?


 ――このままでは、らちが明かないですね。


 物理攻撃は通じない。ならばどうするのか。 月夜は熟慮じゅくりょする。これまで経験したこと、得たことで打開できる策はないのか。


 と、ここで。


「そういえば、ね」 


 ……そのメイドは突然、集中を極限までに高めた。これしかない、と。そしてそれはされる――!


「『フローガコーロ』」 


 なんと天ヶ瀬月夜のさした指先から、煌々こうこうとした火炎が放出。紫紺の悪霊を飲み込んだ。


 

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