第13話 わたくしの、知らない感情です

 静まり返った廊下。ヴァーサが進行を続けようとしたその時。あっけらかんとした声がする。


「はいはーい。あの、そろそろいいかな?」 


 くもりんだ。彼女はゆらゆらと身体を左右に揺らす。豊かな双丘そうきゅうは、少年少女の目には毒なほど踊り狂う。


「あっ、誰も何も言わないなら、そろそろ良さそうだね。じゃあ最後はやっと『本業』を教えるね。依頼クエスト・竜級の攻略だよー」 


 そのマイペースな雰囲気に、全員が乗せられていた。


「じゃあ月夜さん、だっけ。さっきの書類に竜級の依頼があったよね? それ攻略しに行くから準備してちょ。集合は現地で。それじゃっ」 


 執事ヴァーサを差し置いて話を終えた緑髪のメイドは、ぽてぽてと自室へ準備に向かった……かと思えば、くるりと振り向いて。


「あっあー、それと、付き添いの少年くん」 


 くもりんがにこりと笑ってシャドーボクシング。その方向はシアルツァ。


「……は、はい? 俺……じゃない、自分ですか?」 

「そうそうキミキミ」 


 右ストレートを決めたところで。


「キミはここでお家に帰ってもらう感じかなー。長くなっちゃうし。ごめんねっ」 


 くもりんは瞬きウインクしてみせる。可愛らしさには微塵も嫌味を感じさせない。


「そ、そうですよね……。じゃあ、失礼します」 


 すごすごと玄関へ歩を進めたシアルツァ。その足取りは、今までになく重い。


「っ、じゃあまたね月夜さん、頑張ってね」 

「……はい」 


 ――……なんでしょう、このモヤモヤは。風邪でしょうか。


 月夜の心は、どこか陰りを覚える。なぜなのだろう。……考えても答えは出なかった。




◇◇◇




 クルーアの街から森へ。その深い森を抜ければ、ティニー山だ。周辺の魔物はここらでかなり強くなっている。初心者の登竜門といったところだ。


 この山を超えればとある王国へたどり着くことができるが……現在、飛空艇のみでの通行しかできない。なぜなら――。


 ほとんどの冒険者が太刀打ちできない凶悪な魔物が、三年前に住み着いたから。


 そんな山の山頂。


「寒いですわ。世界一可愛いレイニム、さっさと帰りたいですわ」 


 ここは標高四千メートル。景色の綺麗さとは裏腹に環境は過酷だ。常人ならばもはや凍えてしまう気温に加えて、空気は薄い。


 しかし執事はスーツ姿。四人のメイドは正装のメイド服。更に息切れ一つしていなかった。


「帰りたいのは同意してやるです、自分大好きな変態」 

「『は』は余計ですわ、犬っころ」 

『やんのか、アァ!?』 


 喧嘩勃発。高度な格闘戦が行われることに。それはさておき。


「さー、こっちこっちだよー」 


 緊張感なく、ひらひらと手招きで先導している、くもりん。その背後には洞窟。奥は暗く、どこまでも深い。


「ここが目的地、ですよね」 


 執事の隣を歩く月夜が、呟く。


「左様でございます。ここは『悪霊領域・デモンズサンクチュアリ』。そこに生息する魔物を討伐することが此度こたび依頼クエストとなっております」 

「はい」 


 では数的有利をとって四人で魔物を討伐するのか。否、そうではない。これはあくまで月夜の「試験」の一環。よって。


「勿論だけど、一人でねー」 


 はい、と。くもりんがランタンを手渡す。その灯りはあまりにも心細い。だが彼女は全く怯まずにそれを手に取った。


「かしこまりました。では、行って参ります」 

「ふふ、気を付けてねぇ」 


 月夜は一人、暗闇の中へ。歩く姿は、しごてき然。しかしながら彼女はほんの少しだけうつむいている。


 脳裏によぎるのは、執事と三人のメイドの関係? 淡い照明に対する不安? これから戦う魔物の強さ? そのどれでもなく。


 ――彼は、何事もなく一人で帰れたでしょうか。


 他でもない、少年シアルツァの安否だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る