第12話 わたくし、試されます

「では、サン・グロリアッテ様。まずは『基本生活』の手解きを頼みます」 


 ヴァーサが赤髪の少女を手差しする。


「じゃあ、今から仕事教えるから、秒で叩き込みやがれです」 


 ついてこいと言わんばかりに、サンはずんずんと階段を上がり二階へと向かう。月夜とシアルツァもそれについていった。左右の廊下を左へ。一番奥の部屋の扉を蹴って開放。


「ここ、掃除用具部屋です。これで全部掃除しろです。でです」 


 赤髪のメイドが引きった顔でいきり立つ。いったい何が彼女を興奮させているのか、謎だ。


「かしこまりました」 


 月夜は臆せず、了承。こうべを垂れる。ツッコミどころが満載だが、シアルツァはとりあえずニコニコしていた。内心では。


――……やる事、依頼クエストじゃないんだ。あとメイドさんにしては態度悪すぎない? てか月夜さん、五分は無理でしょ!? どうするの?


 最強のメイドは、深呼吸を一つ。ほうきを手にして。


「いきます」


 その存在を、消し去った。


「は......?」


 赤髪のメイドは、瞳を見開く。彼女は無数の修羅場をくぐってきたはずだが......。それは、まさに神速。目で追うのが精一杯。


「完了いたしました」

「なっ……!?」 


 そして驚愕。ものので屋敷は光沢に包まれ、庭は綺麗さっぱりと整っていた。まさに、超人。


「ま、まぁまぁやるです。まぁまぁです」


 サンは、険しい表情を保つので精一杯。こんな人間は見た事が、ない。


――有り得ないです!? アタシでも五分なのに、です!? ヴァーサが連れてくるってことは普通でないとは思っていましたですが……。


 シアルツァも、心を読んだかのようにしてその驚きに同意。うんうん、と頷いていた。

 

「続いてレイニムローシュ様。『おもてなし』の手順を」 


 ヴァーサが次に手差ししたのは、レイニムローシュ。しゃなり、と月夜たちの前におどり出る。


「次はレイニムのターンですわね。さ、こちらへどうぞ。おーっほっほっほ!!!」 


 青髪のメイドが得意気に高笑い。左脚、右脚を過剰に交差させて歩いてゆく。二階、屋敷の奥へ続く廊下。その道中、ドアの前でピタと止まり。レイニムローシュが振り向いた。


「ここは、応接室。レイニムたちの組織にはよくがきますわ。そこで貴女には外交の作法を見せていただきます」 


 戦線防衛機構ラインオブヴァルキリー依頼クエストを受けるだけでなく、様々なが舞い込んでくる。そのどれもが、竜級に匹敵するような内容ばかり。勿論、訪ねて来る者も……相応に、危険。よって、こうしたビジネスコミュニケーションも必要になってくる。


――これは、まるで……。


 現世での特定指令国務だ。頭の中でそう言いかけたところでレイニムローシュの声が耳に入る。


「何をグズグズしているのかしら? さぁどうぞ? もう中には実際に今日頼み事がある方がいらっしゃいますわ」 


 レイニムローシュが、見下すような姿勢。高圧的な態度に押されるようにして月夜は扉を叩いて、応接室の中へ。


――恥を晒すがいいですわ。そこを颯爽とレイニムが手助け。これで格下だということが分かるでしょう。さっきはほんの少しだけびっくりしましたが……掃除ができるからって調子に乗らないことね。


 しかし、彼女の思惑は直ぐに打ち砕かれた。月夜が応接室から出てきたのだ。ものの三分で。


「はぁ!? 仕事を途中で放り出しましたわね!? これでハッキリしましたわ。貴女はクビ――え?」 

「わたくし、なんでもできますから」


 月夜が突き出したのは、報告書の束。サインをもらうべき箇所には、全てサインが。つまり……円満な解決。


 その場にくずおれる、青髪のメイド。


――信じられないですわ。レイニムだって、レイニムだってこんなことッッッ……!


 屈辱の果てに、堪忍袋の緒が切れた。


 「キィー! 喰らいなさい! 『ヴェシクララ』!」 


 レイニムローシュが左腕をかかげると周囲に無数の水滴が形成される。それが、弾丸の比にならない速度で発射。……全弾、月夜へと。


「月夜さんっ!!!」 


 悲鳴にも似た、少年シアルツァの叫び声。しかし。


「……危ないですね」 


 身を固めた月夜はなんなく受け止めた。しいて言えばメイド服が濡れたことと――。


「彼に当たったら、どうするんですか」 


 シアルツァの身を、案じている。彼女の横目は、彼を見ていた。


「あ、ありがとう……?」 


 ――俺の心配を、してくれた?


 屋敷には静寂。それぞれの心の中に信頼と、恐怖と、嫉妬と、興味と、確信の念が宿った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る