第16話 わたくしの、新生活です


 月夜とデモンの激闘から数日後。


 まだ朝靄のかかる早朝、ティニー山の崩落した洞窟内部に陽光が差す。


 「……面目ない、マスター。約定を護れず」 


 悪霊デモンが、こうべを垂れて暗い顔をしていた。


「顔をあげて」 


 目の前の少女に言われるがまま、顔を上げたデモン。


 そこには、日差しのようにやわらかな笑み。花のようにたおやかな所作で悪霊の頬を撫でる少女の姿が。


 誰が見ても、まさしく聖女そのものだろう。


 ――ああ、やはり貴女はなにより美しく、そして優しい。ようやく会えて良かった。本当は最初からずっとずっと寂しかったんだ。


 悪霊の瞼から一粒の水色が零れる。


 年月を重ねる中で積もり積もった感情が、せきを切ってとめどなく溢れようとする。


 その、刹那だった。


 閃光。デモンが跡形もなく消し飛び、正面の大地に風穴が空く。


 ドン、と落雷のような轟音が遅れてやってきて。


「……愚図が、用済みだ。キャハッ」 


 残酷な事実。


 その魔法を放ったのは……紛れもなくその少女だ。


 先ほどの聖女のような雰囲気はどこへいったのか。悪魔のような狂気的な笑み。牙をのぞかせて。


「俺様がお前みたいな愚図を拾ったのはなぁ! ただ強い潜在能力を持ってたからってだけだよぉ! 馬鹿が! しくじりやがって! 誰がここをするってんだよ、ボケ!」 


 痰を吐き捨てた。


 その少女は……この世界で「魔王」と恐れられる張本人である――。




◇◇◇




 同刻、木漏れ日が差す鬱蒼とした森。その中の開けた土地である戦線防衛機構ラインオブヴァルキリーが拠点としている屋敷。


 食堂にて。長机にはオムレツやパン、フィッシュアンドチップスやトマトスープが並んでいる。朝食にしては量が多い。


 そう、今日は月夜の入隊試練突破祝い。戦線防衛機構ラインオブヴァルキリーの三名と執事、そしてシアルツァが同席していた。


「月夜様、この度は試練の突破、誠におめでとうございます」 

「ありがとうございます」 


 月夜とヴァーサが互いにお辞儀。


「つきましては任命を御三方に宣言していただきます」 


 ヴァーサが手差し。


 サン・グロリアッテ、レイニムローシュ、くもりんの三名が立ち上がり。


「あの悪霊は魔力も耐性もバケモノ級です。正直お前、凄いです」 

「……もう認めざるを得ませんわね。突然、魔法を放ってしまって申し訳ありませんわ。レイニム、悔しかったんですの。貴女が優秀であることに」 

「あははー、おめでとー。はとっても強いんだね。ボク、色々気になっちゃうなぁ」 


 それぞれ、素直な感想を述べた。そして、スカートの端をつまんで一礼。


『天ヶ瀬月夜様、貴女様を正式に戦線防衛機構の隊員メンバーとして任命します』 


 拍手。隣の席から一際大きな音で。


「おめでとう、天ヶ瀬さん」 


 シアルツァだ。とても喜ばしそうに、満面の笑顔。


 月夜も思わずつられて――。


「ふふ。皆様、ありがとうございます」 


 さながら三日月。少女らしい可憐な笑顔をしたのだった。


「さ、食べて飲みますわよ、レイニム! ジャンジャンと!」 

「太るぞ自己満、です」 

「なんですって、この駄犬!」 

『キィー!!!』 


 またしてもサンとレイニムローシュは喧嘩を始めてしまう。


 それをみなでほほえましく見守りながら、食事するのだった。


 ――これが、わたくしの異世界での新生活……です。


 この先、どんな苦難が待ち構えていようと。彼女たちなら、乗り越えていくだろう。そう確信させるものが、そこにはあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

万能少女、メイドの月夜さん 楪 紬木 @YZRH9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ