第9話 わたくし、目を付けられます

 クルーアの街の外へ。どこまでも続く広大な草原を抜けていくと、今度は森に突き当たる。木漏れ日が心地よいが、吞気に奥へと歩いていけば迷ってしまいそうだ……。月夜とシアルツァの二人はここに、いくつかの薬草採取と魔物討伐に訪れていた。一応ここで手持ちの依頼クエスト十件をこなせるらしい。


 月夜が軽く準備運動してから、クラウチングスタートの姿勢をした。捕食者プレデターさながらの気魄きはく。森全体に伝播でんぱし、あらゆる生物が危険信号を上げて退避していく。


「では……行きましょう。数秒で――」 

「ちょ、ちょっ、と待った!」 


 気圧されたシアルツァが冷や汗を流して戦慄せんりつするも、なんとか制止。律儀に立ち上がった月夜。


「なんでしょうか」 

「必要最低限の回収と討伐でいいからね! 生態系保護しなきゃだから! 余分にやっちゃうと逆に罰金だよ!」 

「成程」 


 これは自然保護の観点からできた規則。必要以上に薬草や魔物の数が減ってしまうと、生態系の破壊につながりかねないのだ。


「ご指摘、感謝します」 

「いえいえ。またなにかあったら言うね」 


 スカートの端をつまみ、深々とお辞儀する黒髪の美女。先程まで凄まじい闘気オーラを放っていたとは思えないほどに懇切丁寧こんせつていねい所作しょさ。シアルツァはそれに目を奪われていた。


 ――綺麗な人だな……。礼儀正しいし、強いし、まさに……な女性だ。


 彼の目はもはや、彼女に釘付け。目を、離していない。そう、片時も……。だが、しかし。


 「あ、あれっ」 


 少年シアルツァがじっと見ていたはずの月夜が、いつの間にか眼前がんぜんから消失していた。


「あ、天ヶ瀬さん? どこに行ったの?」 


 呼びかけても返事はない。木々のざわめきだけが、こだましている。……葉が舞った、その瞬間。


「終わりました。帰りましょう」 

「………………え?」 


 少年の背後から声がかけられる。どうやら、既に完了していたようだ。振り返ると――。薬草と気絶した魔物の山。に、網がかけられていた。


「し、信じられない……」 


 しかも、月夜はそれをひょいと担いでみせる。そうして、大地を蹴りだし。 森から街へとたった一歩で飛び出していく。


「ど、どうやってついていこうかなぁ。これ」 


 シアルツァはその足だけで、なんとか数件の依頼クエストに立ち会った。

 

 ここからは、天ヶ瀬月夜の成果をダイジェストでお送り。


 薬草採取。69件をわずか35分で完了。


 魔物討伐。157件を2時間12分で完了。


 格闘指導。これまでに培ってきた技術ノウハウを用いて21件(21人分)をまとめて1時間ちょうどで完了。


 魔法指導。この世界の魔法の原理を38分で覚え、13件(13件分)をまとめて1時間43分で完了。


 これらを全て、一日でやってのけた。全部で260件。天ヶ瀬月夜、一日にこなしたお仕事の記録、更新。




 ◇◇◇




 一週間後のクルーアの街、快晴。いつにも増して人通りが多かった。お祭りがある訳でもないのに、いくつもの露店が並んでいる。なぜなら、地域を問わず噂を聞きつけてきたから。、その開催を。


 中央広場、冒険者ギルドの大扉前。きりすら立たぬほどに埋め尽くした人だかりには、色光棒ペンライトや文字入りのうちわを持った民衆ファンが大半。


 特設ステージの、上。首長である老人と、月夜が向かい合う。みなが、今か今かとその時を待っている。そして。


 「天ヶ瀬月夜殿。一日、また週間の依頼クエスト完遂、その最高件数の更新をという貴殿の輝かしい功績を称え、この街の英雄であることを、ここに証する」 

「ありがとうございます」 


 互いに、礼。首長から、月夜へ表彰状が手渡された。


『うおおおおおおおっっっ!!!』 


 万雷ばんらいの拍手。阿鼻叫喚にも似た絶叫。


 月夜は既にこの街で英雄視されている。美貌、素行そこう、実績。どれをとっても満点な彼女つくよは、瞬く間にその人気が広がっていった。間近で見ていた少年シアルツァは。


 ――底が知れないな。本当に、何者なんだろう、天ヶ瀬さんは。


 月夜がこの世界に対してそう思うように、シアルツァも彼女が謎だらけに見えた。突然目の前に現れたかと思いきや、出鱈目な力で全てを解決。その才能は異世界も見逃さなかった。


「なんか、寂しいな」 


 どこか、遠くにいってしまいそうな黒髪のメイドの勇姿を、儚げに見つめながらも。笑顔を湛えて拍手するのだった。


 ……会場の後方、人気のない裏路地から双眼鏡を構えたスーツ姿をした細身の老人が一人。ステージ上のメイドを凝視。


「…………これはこれは。光る原石ですなぁ。是非、」 


 くくっ、と胡乱気うろんげに微笑。ポケットに、彼女の運命を大きく変える招待状を忍ばせて――。

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