第8話 わたくし、ここからここまで全部です

 興奮冷めやらぬ、冒険者ギルド。月夜とシアルツァは身の上の話を根掘り葉掘り聞かれた後。なんとか抜け出して、大人数十人分はあろうかという大きさをした掲示板の前で立ち話をしていた。


「いやー、大変だったね。適当なこと言ってごまかしたけど大丈夫かなぁ」 

「さぁ」 


 月夜は小首を傾げる仕草。実感がないのは、空気感にたじたじだった月夜に代わってシアルツァが全て質問を受けつけたからだ。既に尾ひれがついて噂が広まっているが……。


「ま、まぁ大丈夫だよね。さぁ、依頼クエストを受けてみようよ! どれにする? 月夜さんは初心者ルーキーだから、初級か中級のものが受注できるね」 


 気を取り直して、シアルツァが掲示板を指さす。依頼クエストはギルドランクによって受けられるものが限られるのだ。またこの街、アルクだけでもその総数は25000件。これはこの街だけのものだけでなく、世界中から募集がかけられている。そう、今の時代の依頼クエスト市場において冒険者は引く手あまたである。


「私、これなら……」 

「え? どれを受けるの?」 


 月夜は掲示板の左端へ歩いてゆく。指を突き付けて。


「天ヶ瀬さん、目がいいね! そこら辺になにか気になるのあった?」 

「いえ……」 


 そのままゆっくりと、歩を進める月夜。視線を上下させながら。


「……天ヶ瀬さん?」 


 シアルツァは不思議そうな目で、黒髪のメイドを見つめる。彼女が右端まで辿り着いた時。そのぷるりとした瑞々しい唇から衝撃的な一言が放たれる。


「これなら、」 

「………………」 


 少年シアルツァは、その発言の意味がにわかには信じ難られなかった。 開いた口が塞がらない。……月夜が現代で一日に完了した指令は最大、254件だった。そう、つまり単純計算ならば百日あれば全ての依頼クエストをこなせるということだ。


「はぇ? なんて?」 


 一日だけで何度目だろうか。シアルツァは驚愕きょうがくの声を上げる。


「簡単そうなのを片っ端から受けますね」 


 呆気に取られた少年を置き去りにし、次々と掲示板の依頼書を引っぺがす月夜。


「ま、待って! 一旦戻して!」 


 だが、それだけはいけない。少年はすかさず待ったをかけた。


「どうかしましたか?」 


 月夜が長い髪をふわりとなびかせながら、振り返る。


「ええと……一回に受けられる依頼クエストには上限があって、十件までなんだよ! ちなみに受けたのは一週間だけとっておけるよ」 


 この上限により冒険者一人が依頼クエストを占領するのを禁止できると同時、冒険者全員が平等に受注できる。


「そうなんですか。ではとりあえず戻しますね」 


 月夜はちょっぴりしゅんとしながら書面をぺたぺた貼り直したのだった。


「では、行ってきます」 


 そうして手元に十枚だけ残して受付へと駆けた――が。


「あ、あの……」 


 ここで、シアルツァがおずおずと手を挙げた。何かを言いたそうにしている。


「? どうかしましたか」 


 月夜が足を止めてシアルツァの方を向く。


「あの、一緒についていってもいいですか……?」 

「……なぜ?」 

「えっ、と……」 


 いざ聞き返されると、シアルツァが月夜についていく合理的な理由などもうどこにもなかった。あとはしごできな最強のメイドが全て解決するだろう。だが。


 ――天ヶ瀬さんの、カッコイイ姿を見ていたいから。……なんて言えるわけないよ。恥ずかしい。


「ほら、あれだよ! 依頼クエストの最中も注意点があるからさ! アハハ……」 

「……」 


――下心がバレたか……!? うう、断られたらどうしよう! もっと上手いこと言えよ、自分!


 そんな彼の葛藤を知ってか知らずか。月夜はふっとにこやかに微笑んで。


「構いませんよ」 


 快く承諾した。その返答に、少年は満面の笑みを浮かべて。


「あ、ありがとうございます!」 


 二人は並んで受付へ。その足取りは、先程よりもかろやかだった。

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