第6話 私、異世界転移?したそうです

「……やりすぎてしまいました。申し訳ございません、ドラゴンさん」 


 月夜は熱がこもって煙が立ちこめる拳に、ふっと息を吹きかけた。


「えええええっ、強ぇえええええ!!!」 


 少年はその景色に瞳孔どうこうをかっぴらき、驚愕きょうがくしている。


「い、今のどうやってやったんだよ! お姉さんの職業ジョブは! 能力値ステータスは!?」 


 月夜に向かって走り、ぐいぐいと迫って質問攻めをする少年だが。


「はい? 今、なんと申し上げましたか?」 


 当の本人はただただ力を込めて殴っただけ。その他のことは全くもって考慮していない。というか知らない単語を羅列られつされて頭からも煙が出ているようだった。


「あっ、そうだ。あの、お姉さん――」 


 少年が何かを言いかけた矢先やさき


「うわっ! 地震!?」 


 轟音ごうおんを立てて紅竜ワイバーン住処すみかが崩れ出した。どうやら先程の一撃で洞窟全体のバランスが崩れたようだ。


「お姉さん、どうしよう!」 


 あわてふためく少年に対して、月夜はすぐに解答を導き出した。


「あそこから脱出しましょう。わたくしに捕まってください」 


 月夜が指をさした先は、吹き飛んだ紅竜からできた光あふれる地上への道だった。 少年を背負った月夜。しゃがんで勢いをつけてから、その並外れた脚力で高く跳躍する。


「うわわ、うわぁーっ!」 


 少年は、ふわりとした感覚を味わって力が抜けてしまうのであった。




◇◇◇




 地上の景色は、見渡す限りの原っぱだった。清々すがすがしいほどの晴天だ。吹き抜ける風は草を優しく撫でている。どこまでも続く地平線ちへいせんは果てしない。


「こ、怖かった……」 


 少年は未だに立てず、月夜の膝の上に寝転がっていた。……両者、どうやらこの状況に何とも思っていないようだ。


「大丈夫ですか?」 

「ち、ちょっと待って……」 


 そうして数分後。


「うん、ありがとう。もう立てるよ」 


 ようやく立ち上がった少年。さっき言いそびれた問いを、投げかける。


「お姉さん、名前は?」 

「あ」 


 そうだった、と。手のひらをポンと叩いてから。メイドらしく、懇切丁寧こんせつていねいな仕草とともに自己紹介した。


「申し遅れました。わたくしは、天ヶ瀬月夜。リイン邸、専属のメイドでございます」 

「俺はシアルツァ・ナイト! よろしくね」 


 シアルツァは微笑ほほえんで、左手をさしだす。月夜はそれに応じて笑顔をたたえながら、右手で握手を交わした。


「ていうかリイン邸ってどこにあるの? 聞いたことないなぁ」 

「……?」 


 月夜はその発言にを覚えながらも、返答する。


「意外と有名ですが……そうですか」 

「あ、じゃあさ、地名を聞けば分かるかも! 教えてみてよ!」 

「日本の、東京です」 


 さすがに知っているだろう。そうたかくくって答えた月夜だったが、予想外の一言が返ってきた。


「うーん、知らないなぁ」 

「はぇ?」 


 月夜は思わずおかしな声を出してしまった。恥ずかしそうにしている。それを横目にシアルツァは腕を組んで、考え込んでいた。


 「もう一個だけ質問してもいいかな?」 

 「是非、お願いします」 


 月夜も自身が一体なぜ、見知らぬ土地に突然放り込まれたのかを知りたいのだ。だからこそ、むしろ質問を望んでいる。


「天ヶ瀬さんさ、どこからどうやってここに来たの?」 


 これまでの経緯を辿り、まとめた月夜。


「リイン邸の地下二階にある、奇妙な形をした壺に触れて光を浴びました。そして気づいたら……洞窟に」 


 その答えに対して、シアルツァの中にあった疑念ぎねんが、確信に近いものに変わった。腕組みを解いて、遠回しな言い方でそれを話す。


「えっと、はふざけてる訳じゃないよ。でも、もしかしてさ……」 


 シアルツァは、自分でもそんなまさかと思うような、一つの結論を出した。だが、漫画コミックをよく見る彼にとってはすぐに出てくる発想。


「天ヶ瀬さん、異世界から来た……とか?」 


 少年シアルツァの、思いがけない一言に沈黙が生まれる。

 そよ風が、二人の髪を揺らした。そして――。

 

「………………私、異世界に来た、って事ですか?」 


 月夜は目を見開き、同じ言葉を反芻はんすうしたのだった。


 ついぞ気づいてしまった天然クールなメイド、天ヶ瀬月夜。

 さぁ、彼女が異世界でその力を奮った無双と、成長の物語が今、始まるのだ――!

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