第4話 夏祭りで貴公子と姫はデートする

8月3日の午後5時。少しの田舎にて、夏祭りが開催されていた。

そんな祭りに大きな参加者が二人。一人はすでに到着しており、貴公子の幅白奏多。

もう一人は浴衣姿で急いで走ってくる麗しき姫、倉橋命。

慣れない浴衣姿だから走りにくいのだろう。なら浴衣姿で来なければ良いのに、と思うのは無粋であろうか。


「ごめん……待たせた。言い訳になってしまうが、手こずったんだ。浴衣なんて、中々着るものではないからな」

「だったら普通のを着てくれば良いのに。大変だったでしょ」

「忍が好きって言ってたから…喜んでくれると思ったんだ。もしかして、似合わなかったか…?」


そんな考え、奏多には微塵も存在しない。

むしろ、奏多が抱くのはその逆。

幅白財閥の御曹司として色々の浴衣姿を着た女性を見てきたが、命の姿はその中でもトップレベルに美しく、愛らしい。


友人の先輩後輩の関係であるから贔屓目が入っているかもしれないが、それでも可愛いと感じてしまう。

そう思うのは奏多だけじゃない。周りの男性たちは命に見惚れている。

女性を連れている男性でさえ見惚れているのだから、その美しさが分かるだろう。


奏多からしてみれば、少々気に食わないが。

心を撃ち抜かれて、料理を作るだけの関係。独占欲を感じて良い相手ではない。

自身のクソ加減に嫌悪を抱きつつ、奏多は無言で手を取り、歩き出す。


「幅白、なにかあったか?機嫌が悪そうだが。私の浴衣姿、そんなに似合わなかったのか?だったらすまない。気分を悪くさせてしまって」

「別に、そういうのじゃないよ。というか、俺が感じてるのはそっちじゃない。可愛くて、綺麗で、他人に見られているのが気に入らなかった」

「独占欲を感じてくれてるのか?」

「かもね」


奏多をめぐる色々な感情。それは普段クソガキな奏多を素直にさせる薬剤でもあった。

貴公子と呼ばれるぐらいにはイケメンで、人を見る目もあって、本性では中々人を褒めない堅物。

それがある程度の付き合いで分かっているからなのかも知れない。


命が奏多の言葉に固まり、顔が真っ赤に染まってしまったのは。

最初の頃では簡単に流されているだろうセリフなのに効いているのは関係が深くなってきていることを意味さす…が、ここまで嬉しくないのは珍しいのでないか。

好きな人と関係を縮めれたのに。


そんな気分が下がっている奏多を見逃すほど、命は甘い女ではない。

恥ずかしさで目線は下を向いているが、口は少し緩やかながらも開く。


「は、幅白…っ。わ、私を本当に可愛いと思うのなら…私だけを見てくれないか?他人の視線なんか気にせず、私だけを堪能して欲しい。今は私以外には盲目になって欲しいんだ。ダメか?」


その言葉に脳が一度麻痺し、言葉の意味が分からなかった。

再起動をして言葉を飲み込めてから考える。命は嘘でもそういう事を言う女性だったか、と。

答えは否。場を濁らせるような誤魔化しや、付かなければいけない場面では嘘を言う。

だが、こんなところで嘘を吐くような女性ではないのだ。

つまり、本心。


その事実を受け入れた瞬間、奏多は熱湯のごとく湯気を出す。

それを言われて嬉しい感情が出てくる。でも、出過ぎてちょっと溢れてくる。

嬉しい感情を味わいたくて、噛みたくて。でも、あまりの多さに噛めない。


困惑と喜びが入り混じって。そんなよく分からない感覚に惑わされつつ、奏多は口を開く。


「ズルでしょ…そんなの。自分だけ見て欲しいなんて、可愛らしいセリフ吐かれちゃったらさ」


__全意識向けちゃうじゃんか


顔を赤くさせながらムッとした表情を見せつつ、そう呟いた。

命が本心からの言葉だから、自分も本心の言葉を。そんな気持ちで吐いた言葉。少し顔を赤らめてくれれば良いな。

そんな認識での言葉だったが、奏多が思ったよりも破壊力はあったようだ。


「俺だけ顔赤くさせられてズルいって思ってたけど、命も俺と同じくらいには弱かったんだね。か〜わい」

「…見るな、このバカ」

「無理ですー。本人さんに自分だけを見て欲しいなんて言われましたからねー。俺に見られながら夏祭り楽しも!」


逃がす気はない。その意思を込めての言葉だったが、命からは更に上の反撃が飛んできた。


「じゃ、じゃあ楽しませてくれ。私の王子様」


その言葉に心を打たれたのは当たり前の話で。

むしろ、奪われない方がどうかしてると言える程の魅力。


それに奏多は答える。この夏祭りを楽しんでもらえるために。甘い甘い恋心を添えて。




屋台を巡り、食べ物を食べ、金魚すくいなどの娯楽を楽しみ始めてから一時間ほど。

今は今回の夏祭りの大目玉と言っても良い代物を見るために近くの神社にいた。

両手にはリンゴ飴を持ち、ただただその代物花火を待つ。


…そう言えたなら、良かったのだろう。

正直に言えば、花火に目当てはない。

命にとって、花火が花だとするなら、隣に立つ貴公子は団子。

楽しみに待っている奏多の姿が可愛くて。けど凛々しくて。


命は視線を動かせない。


「綺麗だな、アレ。こういう花火、中々見ないから好きなんだよ」


その言葉を聞いて、内心で謝罪をする。

その綺麗なものを、命は見ていないのだから。


「なぁ…幅白」


花火が終わってから、命は言葉を口にする。

夏祭りが始まった時から…いや、その前から抱いていたお願いを。


「奏多って…呼んでもいい…?」

「前から良いって言ってたと思うけど。まあ、大歓迎さ」




おまけ

命の好感度

3話=20%


4話=76%

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