第3話 貴公子と姫のまともな会話

「こんにちは、かな。失礼します。ご飯中に失礼ね、一年生のみんな」


いつもの貴公子ムーブをかましつつ、教室に入って行くのは奏多。

先日の白蓮の助言の通り、命以外には貴公子を演じ、命には素で話すとしよう。

心の中で特別扱いを意識しながら、命の方面に歩いていく。


歩くたびにキャーキャーと鳴る周囲の装置に、内心でアイドルか!とツッコミを入れてしまうが、アイドルなのである。

学校の女子たちから「貴公子」と呼ばれるくらいにはアイドルなのである。


もう救いようのない位置まで登ってしまっているのだ。


「やっほ。会いに来たよ、陸上のお姫様」

「幅白……先輩。どうしてここに」

「先輩は付けなくて良いよ。俺みたいなのに先輩付ける耐性ないでしょ。ついでに奏多って呼んでくれても」

「幅白、一体なんのよう」

「それは照れ屋さんと受け取っても良いかな」

「ダメに決まってるだろ」

「だよねー。えーっと、何の要件かだったよね。約束したでしょ?明日会うって」


命は昨日の最後のLIN◯を思い出し、密かにため息を吐く。

それに過去の自分への罵倒が入っているのは間違い無いだろう。

何故昼休憩に行くことを想定していなかったのかもしれない。


まさかだった可能性はある。こんな大胆にくるという思考がある方がおかしい。

貴公子とは遠い自己が中心的に存在している人物である。その事実を考えるのが無理難題であるのだから。


「もう少し穏便にする気はなかったのか。放課後の手段はあったと思うが。今日の放課後は部活もなく、友達との予定もない」

「それだったら色々目立つでしょ。結構な人から巻き込まれるだろうからね。でも、昼休憩だったら少しでしょ?倉橋さんには悪いけど、俺って雑音が好きじゃないんだ」


命の机に勝手に弁当を広げている奏多は申し訳なさそうに言葉を口にする。

その言葉に周囲は沈黙に帰り、同じく呼び名がついている命は信じられないような物を見る視線で奏多を見る。

個人と個人の対面ならともかく、多数が存在するこの場で言う言葉ではないのは自身でも分かっている。


どこか子供っぽいと思ってしまうのも不可抗力の言動。

心からの言葉を隠さない行動。それは貴公子としては失格そのもの。

けれど、八方美人の貴公子よりも命の信頼度が高いのも事実。


八方美人を嫌っているのは忍から聞いていたからこその博打。

貴公子を捨てた方が、貴公子を捨てない方が。その二つのどちらかに傾けば良いのか分からない。

だから、少し賭けた。


「到底貴公子とは思えないな。行動、言動。それら全てが呼び名に相応しくない。高貴は高貴でもわがままの坊だな。だが、八方美人よりかは幾分かマシだ」

「お、それはありがたいねえ」

「気になってしまったからな。分からないのに興味津々で接近をするアホに」

「お褒めに預かり、光栄でございますよ」


褒めてないんだがな、と呆れの視線を寄せるが、奏多からしてみれば勝ち。だから、このセリフである。

その現実に奏多は心の中でガッツポーズを取る。

興味を引けた。それだけでもここに来た成果があったというものだ。


まあまあ重い弁当箱を持ってきて良かったと思いもする。

気分は勝ち組。礼儀よく食べるその姿は、まるで豪華なディナー。

態々ソレを表出しにする理由は願望である。更に興味を惹くことはできないか、という愚かな。


可能性が低いのは奏多自身も承知の上で。

奇跡に近い確率であることは確か。この程度で興味を惹かれるとは少しの期待しかしていない。


関係を進めれることの期待を込めた行動は、奏多が思っていた方向ではないところに傾く。

しかし、それは決して悪い方向ではない。

所作よりも大きく良い方向に傾く奇跡。


「それ、随分な量だな。作る人は大変だろう」

「うーん、そこまでかな。俺は料理を苦と感じないから」

「……それ、全部自分で作っているのか。面倒くさいとか、思わないのか」

「楽しみなものを面倒くさいと思う?」

「ふふ、それもそうだな」


奏多の発言に驚き、目の前の貴公子には初めて見せる笑みを浮かべる。

心底可笑しそうに、心底愉快そうに静かに笑うその姿。

素っ気ない対応以外の行動。それに間違いなく、奏多の心は撃ち抜かれた。


「美味しそうだな。私に一つくれないか?」

「…いいよ。なに食べたい?」

「卵焼きをくれ」


心が撃ち抜かれたすぐ後の段階での要求。

内心では口を開けて待っている命に驚愕と困惑と期待が混ざって震えるが、現実の行動では問題なく動いてくれた。


無事に間接キス、カップルで言われる「あーん」を達成できたことで、奏多は再度心で震える。

だが、喜ぶのはまだ早い。自身が作った食べ物の評価で真に喜ぶべきなのだ。


「これ、美味しいな。料理が楽しみと言うだけはある。すごいぞ、幅白」


喜ぶ時はすぐに来たようだ。

心のこもった素直な讃頌。家政婦から何度も褒められたことはあったが、ここまで喜べることは初めて。


「こんな物を食べてしまえば、舌を肥えてしまうがな。胃袋を掴まれた気分だ。なんだ?食べさせる時間を空けて完全に胃袋を鷲掴みするつもりか?」

「毎日来るための口実を作るためかもよ?」

「本当か!?嬉しい!」


冗談混じりの言葉に本気で反応をする命。

仲良くなる良い機会なので断りはしないが、信じられない気持ちに立っている現実。

今掴んでいるのは胃袋だけだが、これはとてつもないアドバンテージ。


内心で何度目かのガッツポーズをしたのな内緒の話。



おまけ

あまりの非現実感に頰を抓った奏多


「なにやってるんだ」

「いや、ちょっと。あまりの現実に」

「はあ?バカなことを言って……夢でも見たか?」

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