島の伝承『口無しのカリヨン』


 その娘はカリヨンといいました。

 口がきけないカリヨンは、人里から遠い荒れ野にひとりで暮らしていました。しかしカリヨンは、なぜか歌うことだけはできました。

 あるとき、カリヨンのねぐらのそばを旅の道化師が通りかかりました。道化師はカリヨンの歌を耳にして飛びあがり、何度も素晴らしいと言って彼女を称えました。そして、どうして自分だけがこのふたつとない歌声を聴けるだろう、もっとたくさんの人に聴かせてあげるべきだと訴え、彼女を街に連れ出しました。

 道化師の言ったとおり、カリヨンはたちまち街で一番人気の歌姫となりました。彼女の歌を聴くために、連なる島々からたくさんの人々が押し寄せました。その誰もが彼女を称え、舞台の客席で感極まって泣き出す者もいたほどでした。

 しかし、ほどなく悪い噂も立ちました。旅の道化師は、行く先々で人をだましてお金を稼ぐ悪人でした。カリヨンのために用意した舞台でも、訪れたお客の中からだませそうな人を見つくろっては詐欺をはたらいていました。

 しばらくして、とうとう道化師はお縄になりました。彼は死刑にされ、カリヨンも仲間だと疑われて国を追われました。昔のねぐらよりもっと貧しい岩だらけの島にカリヨンは身を寄せ、声がれるまで歌いました。

 この世のものとは思えないほど美しいその最後の歌は、道化師の魂を慰める歌だったといいます。人をだましてばかりいた道化師も、カリヨンの歌を称えるときだけは、嘘をつきませんでした。

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