リプレイ その2
「陰陽師さん、こういうことは淫らがましくてこんなところで相談するのもアレなんですけど、私、貸本屋の店員をしているんですけどね、とある青年に告白されてしまったんです」
開口一番、矢継ぎ早に語り出すうら若い女性。ご主人がいる身分、つまり人妻だということだ。正直に言ってしまえば私は人妻モノの書籍に弱い。もちろん実際の人妻にも弱い。
「それで、ご相談とは?」
割れながら阿呆な質問をしてしまったと秒で後悔した。
私風情にも相談をしてきてくださっている方だ。
邪念を払いのけ、丁重に対応せねばならない。
「それが、実は私も……彼が気になってしまって」
「相思相愛ですね。良いじゃないですか」
「いえ、いくら一夫多妻が許されているといえど、逆は殿方にとって屈辱的でしょう? 春日部さんもそうお思いになりませんか?」
私は頭を抱えた。
助言をしたわ、行動に移したわ、子供が出来たわ、では冗談では済まされない。
私は、精神論や断捨離ではなく、自分の経験と照らし合わせて助言することにした。過去の自分の恋愛遍歴について伝える。それはとりもなおさず、人妻に手を出しかけて友人の比呂昌に寸でのところで止められた、あの事件をである。
「ほら、陰陽師さんといえど立派な男じゃないですかぁ」
くすぐるような声色で冗談を言ってくる。なんとも、鈴虫のような、風鈴のような、ころころとしてそれでいて艶のある音の色。彼もこれに惚れてしまったのだろう。
「とりあえず、これからどうしますか」
「いえ、恋文をやりとりするだけならいいかなって」
「お二人がそれで良いなら、私は止めませんよ」
「承知いたしました。…ありがとう」
「礼には及びません。仕事ですので」
数日後、女性から届け物があった。
朝早くから式神の炎風がやたらうるさい。
「春日部さま、はやく開封しないと!」
「ったく、まだ日の出前だぜ? どうしたんだ」
「これ、これこれ! 生の桃ですよ! 早くなんとかしないと痛みます」
「冷蔵室に放り込んでおけばいいじゃないか」
「物理的に無理ですって」
「ああ、君は第五元素だけで構成されていたからね、失敬」
「ったくもう」
じゃあ行きますか、と俺も床を出、寝巻を普段着に着替え、桃をしまいに行った。
その後食卓で、
「お茶、冷涼感を出すように呪をかけておきますね」
「物理術法は使えないはずだったが?」
「ふん、あたしだって味覚をいじるくらいの術式は習得したんですよん」
「いつの間に覚えたんだ」
「以前、春日部さんがとある人妻に恋文をしたためていたでしょう。あの時はひどい猛暑でした。少しでもひんやりとして頂きたくて…」
「あー、もういいよ、人妻の話は」
「何かいけないことを申しましたか?」
「何でもない、何でもない」
「教えてくださいよー、人妻とのこ・い・ぶ・み」
桃はとても清涼感のある味わいだあった。お茶もほどよく冷えていた。
これからもっと暑くなるだろう。
…そういえば、音信不通となったあの人妻は元気だろうか。
私は硝子戸から差し込む日の出の光を見ながら、ひとり黄昏ていた。
ーーー 春日部の日記より ーーー
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