リプレイ その1

その日の相談者は河童──そう、妖怪の河童である──だった。頭の上の皿が若干乾きかけた、クラパックと名乗る天才音楽家だった。平安京で一、二を争う凄腕の奏者である。


「ラックさんが歌を始めたのをご存じでしょう。それで、歌いかたのコツを相談されたんですが、どうもご自身が目指すものがぼくのそれと違う方向性のものらしくて、どうしたらいいか自分でもわからないんです」


という。ラックさんといえば、平安京に異世界から迷い込んで来た芥川という青年をお世話していた河童ではないか。私は問うた。


「何より、ラックさんのくちばしは治ったのですか」


「ええ。特効薬をミトリという会社で開発して、それが効いたみたいです」


ラックさんは自分で作曲することはできないだろうか。それを告げると、


「それが無理だからぼくに頼んで来たのでしょう。ラック君の思いついた大筋のメロディーは、…ちょっと待ってくださいね」


バイオリンを取り出すといきなり、華麗で明るく、軽やかな音色を響かせ始めた。


「私ならこうするんですがね」


また違うメロディーを演奏するクラパックさん。どこか哀愁が漂っている音色だ。わたしは、二つを融合させてはどうかと提案して、こう言う;


「クラバックさん、あなたは自他ともに認める天才音楽家のはずです。どんな音楽ジャンルも、どんな趣向のものも、ちょいちょいっと仕上げられるのではないですか」


「そこが問題なんです。彼はどうも私に嫉妬しているらしくて、なんだかこれは嫌がらせじゃないかとも思ってるんです」


「それは勘違いでしょう。ライバルに助言を求めるなんて、ふつうはしませんよ」


「そんなもんですかね」


「ええ」


ぎこちない笑みを浮かべるクラパックさん。


「じゃあ、一度諦めて、ラック君に正直に接してみます」


「それがいいかもですね」


「はい」


考えれば考えるほど渦に巻き込まれてしまうこともあるのだ。クラパックさんもそれは重々承知したようである。いったんすべてを放置して、また拾い上げてゆけば、よいものが出来上がるときもあるからだ。



数日後、クラパックさんからお茶会への招待状が届いた。開催は来週末の日曜日だという。相談者さんからの贈り物は多いけれど、久しく和菓子や抹茶といったものを頂いていなかった私は、思わず、小さな声で快哉を叫んでしまった。手紙には、ラックさんが納得のいくメロディーを作ることに成功した、とある。ふぅ、これで一件落着だ。


ーーー 春日部の日記より ーーー

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