第54話「笹岡チカコ-13」


「・・・・・・・・・」


堅田の体を借りた人物は何も言わずに少年の体を優しく寝かせて、刎ねた頭部を拾い上げる。

その開いた目を閉じさせて、本来あるべきところに置き、立ち上がり手を合わせてしばし目を閉じた。

それを終えると、私の方へ振り向いた。


「行きましょう、チカちゃん。私達には時間がないわ。まだ生きている人間のいる場所を探しましょう。」


「・・・は、はい!」


まずは自分の素性について話してもらいたかったのだが、

殺意の込められた表情に身の毛がよだった私は従うことしか出来ず、獲物を探す猛獣に私は走って後から付いていく。


「・・・本当は落ち着いて説明するべきだったんでしょうけど、こうやって手を動かしながらで申し訳ないわ。

聞きたいことは何でも遠慮なく質問してちょうだいね、チカちゃん。」


人々を2人で襲っている最中、私の考えを察したのか堅田の体を借りた人物はそう言った。


「分かりました。まず貴方は堅田ではないんですよね。なんとお呼びすればいいのでしょうか?」


「う~ん、そうねえ・・・、こうやって誰かに呼ばれるなんて一体何年振りかしら。

せっかくだから、私のことは姐さんと呼んでもらおうかしら。」


「姐さん・・・、ですね。分かりました。

色々と聞きたいことはあるんですが、一番聞きたいのは姐さんは私の味方ということで良いんですか?」


姐さんとやらは言動を聞く限り私に比較的好意的なように見えるが、目的が分からない以上恐怖でしかない。

まずはそこをはっきりさせたかった。


「もちろんよ!!!

チカちゃんのことは前々から気になってて、

勝手ながら調べさせてもらったけれども、まだ若いのに相当苦労してるわよね。

全く・・・あの家の人間の薄情さと醜悪さには腸が煮えくり返るわ。

出来ることならアイツ等は全員ぶっ殺してあげたかったんだけど、

あいにく私にはそんな力は無いから、ずっと歯がゆい思いをしてたのよ。

けど何の因果か今の私はこうやって戦えてる。だから約束するわ。

絶対に私は今の状況からチカちゃんを五体満足で帰してあげる。

私は生きてた頃は柔道やってたから、大船に乗った気持ちでいてちょうだい。

いや~あの時はあの時は昭和でスパルタ体罰上等で嫌で嫌で仕方がなかったけど、

ここで役に立ってくると考えたら儲けものね~。」


姐さんは私に微笑みを向けた。なんかその顔を見ていると信頼出来るような気がしてくる。


「あ、ありがとうございます・・・」


「お礼なんていらないわよ。も~チカちゃんは本当に素直でいい子ね。」


「姐さんは自分のことをお化けだと言いましたが、それは本当なんですか?」


「本当よ、この世に妖怪だの幽霊だのという類いの怪異は実在しているわ。

私は元々はチカちゃんと同じ人間として生きていたのだけれど、

何十年も前に命を落としてしまって、次に目が覚めた時には怪異として覚醒してしまっていたの。」


姐さんが言っていることは以前だったらとても信じられることでは無かっただろう。

しかしちょうど今、現実では起こりえないと思っていた出来事を私は体験してしまっている。

もはや、どんな事実でもそれが嘘だと切り捨てることは出来ないだろう。


「怪異・・・ですか、それは強大な力を持っていそうで怖いですね。

漫画やアニメになると街を一つ吹き飛ばせる存在として描写されていることもありますし。」


「そんなことはないわよ。

確かにチカちゃんの思っているような本気を出せば一つの災害を起こせるぐらいのヤバい個体もいて、

一部の人間達には怪異と一括りにされて警戒されてはいるけど、

実際には皆それぞれ多種多様で持っている能力もピンからキリまでだわ。

私に関しては棒にも箸にもかからないような雑魚よ。」


「そうなんですか・・・?」


「ええ、私は一般的には幽霊の範疇に入れられると思うのだけれども、

基本的に人間には私の姿は見えないし、声も届かない、物に触れることだって出来ないから、

人間に対して何もすることが出来ないわ。ただ何も出来ずにそこにいるだけの存在なの。」


「なんかそれは寂しいですね・・・

何十年も前に命を落としたってことは今の今まで誰とも接することもなく長い時間を過ごしてたってことですから・・・」


「そんな悲しそうな顔をしないで、チカちゃん。

確かに怪異となってからは知り合いとも関わりも無くなっちゃったし、

好きに食べることも寝ることも出来なくなって悲しかったけれど、

チカちゃんが思っているほど辛いわけじゃなかったわ。

人間に気づかれない存在だから、悪趣味だけど色んなものを盗み見出来る訳だし、

それで暇を潰すのはそこそこ楽しかったわ。

それにその為に日本各地色々な場所を廻っていたら、同じ怪異に出くわすこともあって友達になれたりもしたしね。」


「そうですか・・・なら良かった、いや、全然良くはないですけど、それは少しだけ救いですね。

というかちょっと待ってください。

盗み見してたってことは、もしかしてそれで私が家でどうか扱われていたのかも知っていたんですか?」


「ええ、そうよ。私はチカちゃんの個人的な事情に土足で踏み込んだの。」


「そうですか・・・正直それは滅茶苦茶嫌ですね・・・私の誰にも言いたくなかった秘密を勝手に見られていたなんて。」


私は嫌悪感を露わにした。

言った直後に自分が満身創痍な状態で他人を敵に回すリスクのある発言をしたのはまずったかなと思った。


「そうよね・・・チカちゃんのその感情はもっともだわ。私は悪人の部類に入ると思うから、私を嫌うよ当然よ。

でも今だけは私を頼ってほしいわ。何の罪滅ぼしにもならないけど、絶対にチカちゃんのことは守るから。

私のことは利用できる便利な使い捨ての道具だと思ってちょうだい。」


姐さんは私を言ったことに怒ることなく認めてくれた。それに安心する。


「分かりました。どのみち私一人では何も出来ませんし姐さんを頼ります。

それに、姐さんのこともまだ嫌いってほどではないです。

私が姐さんと同じように幽霊という立場に立たされたら、同じようなことをしてしまうかもしれませんからね。

だから、もっと姐さんの事を教えてくれませんか?

今のままじゃまだまだ分からないことが多すぎます。私は姐さんの本名すら知りませんし。

後、姐さんが言いたくないようなことも遠慮なく聞かせてもらいます。

それでおあいこということにしませんか?」


「チカちゃんは優しいわね。そこはチカちゃんの長所だと思うけど、悪い人に付け込まれそうでちょっと心配だわ。

もちろん私のことは洗いざらい包み隠さずチカちゃんに話すつもりよ。まずは本名ね。私の名前は山田宗吉よ。」


「山田ソウキチ・・・、姐さんは男の人だったんですか!?」


「客観的に見れば男の体に生まれて、男として育てられたのは事実よ。私としては女のつもりなんだけどね。」


「それはもしかして性同一性障害ってやつですか・・・?」


「まあそうね。難しい言葉で言えばそうなるわね。」


「年齢は何歳ですか?姐さんの言葉からは昭和という単語が聞こえましたが、やっぱり昔の人なんですか?」


「これは言いたくないわね~ウフフ。」


姐さんは苦笑いを浮かべる。


「でも、言うのがチカちゃんとの約束だったわね。私は昭和22年の4月17日生まれ。

享年は31だけど、生きていたら77歳になるわ。チカちゃんとは60歳以上も年が離れているわね。」


「77歳ですか・・・私はその年代の人と話したことは無いので、どう接すればいいのか分からなくて怖いですね・・・」


「チカちゃんは良い子だから、そのままで接してくれれば大丈夫よ。」


「ありがとうございます。じゃあ次の質問です。」


私はここで一番の謎をぶつけることにした。


「姐さんはどうして堅田の体を借りているなんて状態になっているんですか?」

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