第51話「笹岡チカコ-10」
◇
私が入学した高校、京野高等学校は底辺高だった。頭の悪い私にはこの学校しか選択肢がなかった。
私の中学からは他に7人がこの高校へ進学したが、大体は私も含め補習常連の生徒だった。
後にこのゲームに巻き込まれてしまった奴で言えば平田と筆木がそれに該当する。
平田は中学1年の時点でサッカー部のエースとなるほどの実力があったのに、
テストで度々赤点をとってしまって部活への参加が出来ず、まともに試合出ることが出来なかった。
筆木は中学1年の時に同じクラスで、その時は学年トップ10に入る優等生だったはずなのに、
知らないうちに私以下の成績になるまで落ちぶれてしまっていた。
そんな生徒達が行くような高校に、学年トップレベルの秀才でティムも行くと聞いたときは私は非常に驚いた。
「ティム、お前本当に京野を受けるのかよ!先生に止められなかったのか!?」
「Chikakoの言う通り『お前ならもっと上の高校に行ける』としつこく説得されたさ。
だがそんなもの無視してしまえば良いだろう?」
「京野に行くのは、私と一緒にいるためか?」
「もちろん、オマエがいない高校生活など考えられないからな」
「言い切ったな・・・でも私のせいでティムの進路を滅茶苦茶にしてしまうなんて・・・」
「オマエが気負う必要はない。正直高校などどこでも良いんだ。どうせ高校を卒業すればアメリカに帰るからな。」
「そ、そうなのか!?」
「この大学に進学する予定だ。ワタシは将来的には父親の会社を継ぐことになるので本腰を入れて勉強しないといけない。」
ティムはスマホの画面を私に見せつけた。インターネットの検索結果にティムの志望する大学が表示されていた。
後に知ったことだがその大学は世界有数の難関大学だった。
「父親の会社を継ぐ・・・お前小説家になる夢は諦めたのか!?あんなに熱心に部誌を作っていたのに。」
「諦めてなどはいないさ。
ワタシは自分を楽しませてくれたエンターテイメントを自分でも作り出したいという夢と
尊敬する父親のように人々を支える事業を運営する人間になりたいという夢を2つ同時に持っているんだ。
私はこの2つ共を実現させたいと考えている。
日本のことわざに『二兎を追う者は一兎をも得ず』というものがある通り、それは決して簡単なことではないが、
それでもワタシはいかなる努力を惜しまずに成し遂げて見せる。」
「おお・・・ティムはすごいな・・・」
ティムは能力の高い男だ。私はティムはきっと未来でこの言葉を有言実行するだろうと思った。
私とは大違いだ。正直、私のような人間がティムと付き合っているという事実に引けを取って悩んでしまう。
「話が逸れてしまったな・・・つまりは3年後にはアメリカに帰るから、日本での残りの時間を大切にしたいんだ。
だからオマエと過ごしたいという訳だ。」
「そうか・・・近い未来、ティムと私は離れ離れになってしまうんだな・・・」
「ああ・・・、受け入れたくはない事実だがな。叶うのであれば本当はオマエをアメリカに連れていきたいぐらいだ。」
「アメリカか・・・それはなかなか現実的ではないな。
旅行ならまだしもロクに英語も話せない私がどう暮らしていけばいいんだ。」
「オマエの言う通りだな。いっそ俺の妻となって俺に一生養わせるっていうのはどうだ?
家族となればアメリカに連れていくのは当然だろう。」
「お前それはプロポーズか?いくらなんでも直球すぎるだろ。
まだ私達は中学生のガキだぞ!?そういうことはまだ考えられないので、丁重にお断りさせてもらう。」
「冗談だ。ちょっとセクハラじみてしまったな。不快に思ったなら申し訳ない。」
ティムは自分がまずいことを言ってしまったと思ったのか頭を深く下げた。
「別に嫌な思いまではしてない。結婚はいくらなんでも先の話過ぎると思って困惑しただけだ。
正直自分の気持ちだけで言えばティムが私と同じ高校を選んでくれるのはすごく嬉しいよ。
私には文芸部の面子しか友達といえる存在がいないし、その中でクルミも関野も別の高校を志望しているから、
高校ではまた一人になってしまうのではないかと不安だったんだ。
ティムが居てくれてるって分かるだけで高校での新生活も頑張れる気持ちになると思う。」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか!!!chikako!!!」
ティムは私を抱きしめた。
「・・・まあ、私の学力だと京野に受かることすら絶対だとは言えないから、
ティムと一緒に学校に通えるように少しは勉強を頑張らないといけないけどな。」
「それは大丈夫だ!ワタシがchikakoが合格できるように勉強を叩き込んでやる。」
「それはどうも。お手柔らかにお願いします。」
私達はしばらくそのままの体勢でいた。私はティムの胸の中でティムと夫婦になっている未来を思い浮かべた。
正直嫌だな・・・と思った。
ティムのことは大好きだけど、ティムの妻という役割は私には重すぎる。
ティムは将来多くの人間の上に立ち、率いる存在だ。
そんな人間の隣にはそれに相応しい人間があてがわれるべきだと考える人間が多いだろう。
そんな人間達の前で私がティムの女だと名乗り出るなんて出来るわけがないだろう。
私は無学で無能でオマケに下品な女だから、ティム財産目当てのクソ女だと馬鹿にされるのがオチだ。
ティムと2人でいる時間は尊いものであったが、
私の頭の中にはそんな考えが常に付きまといこの先消えることは無かった。
◇
ティムのサポートもあり晴れて京野高等学校に合格した私だったが、一つ最悪なことがあった。
なんと因縁の堅田も第一志望の高校に落ちてしまい、滑り止めで受けた京野高等学校に入学してしまったのであった。
「こんな所で堅田の顔を見るとは思わなかったぞ。気が滅入るな・・・
結局賢ぶった所でお前はあの時と変わらないアホな訳か。」
しかも、堅田とクラスメイトになってしまい、ティムとは離れてしまった。
ムシャクシャするので私は隣の席となった堅田に早速悪態を付いた。
「はああ・・・貴方も変わらないわね・・・
いい加減自分が惨めだってことに気付けることぐらいには成長しなさいよ。
貴方が尻尾振ってる殿方と同じクラスになれなかったからって、私に鬱憤をぶつけるのはやめてくれないかしら。」
堅田は大きなため息を吐き、露骨に呆れた素振りを見せて私をあしらった。
高校生活でも堅田とはずっとこんな感じだった。
部活は演劇部に入った。
別に京野高校では入部に関する義務は無かったのだが、
自分の作品を別媒体で表現することに興味を持ったティムが入部したのでそれに付いていく形だ。
演劇部で時間もそれなりに楽しいものであった。
同学年の謝さんという中国人の女子が部長となって新しく創部した部活なので、
上下関係が無くて気楽に過ごせた。
中学の文芸部ほどではなかったが、他の部員とも仲良くさせてもらった。
特に謝さんには何かと気にかけてもらえてありがたかった。
ティムは謝さんとはいがみ合う場面が多かったけれど。
ティムが原作にどうかと小説を書いてきたのだが、それを謝さんにクソつまらないと切り捨てられたのを根に持ったらしい。
その時の小説は私も読ませてもらったが、私は謝さんを支持したい。
ということでティムは謝さんの演出に対して隙あらば口を出し、口喧嘩になって進行不能になるのが日常茶飯事だった。
その度に2人をなだめていたの副部長の三方君という人だったが、私はこの三方君が苦手だった。
謝さんの幼馴染だという三方君は明るくて気の良い人だったけど、私の直感が恐怖を感じ取っていたのだ。
これが何なのかを説明することは出来ないけれど、私は三方君には悪いとは思いつつ彼のことは避けていた。
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