第50話「笹岡チカコ-9」
◇
ティムとのよそよそしさが無くなり、文芸部での時間はますます楽しいものとなった。
この日はティムの書いた小説が完成したらしく、ティムは部員の皆に読ませていた。
私はそれを読んでティムが日本語を完璧にマスターしていることにまず感心した。
ティムは日本に来てからまだ数年しか経っていないものの、昔から日本のアニメや漫画の影響で日本語を勉強していたらしい。
日本に住むことが分かってからはさらに寝る間を惜しんで頭に叩き込んだと語ってくれた。
私だったらそんなことは逆立ちしても出来ないから、ティムはすごい日本語と心の底から思った。
しかし肝心の物語の内容はどうかというと、読んでいる皆が笑いを堪えきれずに噴き出してしまうレベルであった。
「キャハハハハハハハハハハ!!!ここのくだり滅茶苦茶面白いよ!!!ティムは天才ギャグ作家だね。」
「一体何がおかしいkurumi。笑う場面ではないだろ!!!主人公が無実の罪で懲役刑を食らう悲劇的なシーンだぞ!!!
だいたいこれはギャグなどではなく大真面目に書いたシリアスなストーリだ!!!」
自分の作品に対する評価に納得がいかないティムは声を張り上げる。
「ちょっと待てティムwwwお前これ真面目に書いてるのかよwww笑わせに来てるだろwww」
「kyosukeまでどうしたんだ・・・何かワタシの日本語の文法がおかしかったのか?」
「いや、ティムの日本語は完璧だぜ。
これを作者を伏せて誰かに読ませたら、外国人が書いたもだのと分かるやつは1人もいないと思う。」
「なら一体なぜオマエは笑う!」
「それはお前不自然でおかしいシーンが多すぎるんだよwww
お前の言う主人公が冤罪で懲役刑を食らう悲劇的なシーン、まあこれは良いんだけど問題はその後だ。
なんで当たり前のように自宅に帰ってるんだよwww無法地帯すぎるだろwww
アメリカでは実刑食らった人間は一旦家に帰って良いのか?いや絶対に違うだろwwwお前の小説こんなのばっかだwww
クハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
「そんなに笑うな!そ、そうだ、Ms Sasaokaはどう思う?」
ティムは私に助け舟を求める表情を見せて感想を求めた。
「なあスウェイン、お前は書きたいシーンありきでそのシーンに持っていく段階での整合性を全く考えてないだろ。
この家に何故か帰ってしまうシーンも多分主人公が今は亡き家族の遺影に泣きつくくだりをやりたかったのだろうが、
もっと他にやりようがなかったのかと言いたい。
フィクションだからといって嘘ばかり書いていると読者を失うぞ。
はっきり言ってお前には物語を書く才能は無いな。」
しかし私はそれをバッサリ切り捨てた。私は共に部活で過ごしたことでティムにも物怖じしない言い方が出来るようになっていた。
「チックショー!!!!!!!!!!!!」
渾身の作品を批判されたティムは叫んだ。
「オマエ達中々言ってくれるじゃないか!!!実に腹立たしいからこの格ゲーで全員フルボッコにしてやる。かかってこい!!!」
「おいおいティム、俺に勝てる気でいるのかよ。その勝負受けて立とうじゃないか。」
そこからゲーム大会に移行して私達はまた盛り上がり楽しんだ。
ただ、ティムの小説に対する私の講評はかなり言い過ぎではなかったのではないかと心に引っかかっていた。
私は別に小説を書けるわけでもないのに何様のつもりだと自分で思う。
部内でのティムはいじられキャラという感じなので、私もそれに悪乗りしてしまうところがあった。
ティム自身はそんな私に文句を言うことは無く好意的に接してくれていたが、
そんなティムに甘えてしまってるのではないかと自己嫌悪にしばしば陥っていた。
それに今までの私のティムに対する態度も褒められたものではない訳だし。
なので私はティムと過ごす時間を楽しいと思いながらも、ティムに対する申し訳なさも常に感じていた。
さらにティムも最後には堅田のように私を切り捨てるのではないかと恐れていた。
もちろんそれは嫌だった。あんな思いは二度としたくなかった。
だから私はティムが喜ぶことならなんでもしようと思った。まあ無能な私に出来ることなど少なかったのだけれど。
◇
そんな思案を抱えながら学校生活過ごしていると私はティムから二度目の告白を受けることとなった。
最初の告白と同じように手紙で放課後に呼び出された。
「Ms Sasaoka、来てくれてありがとう。実は今日でワタシ達が出会ってからちょうど2年になるんだ。」
「そうだったのか・・・、よく覚えているな。早いものだ。」
「その通りだ。もうすぐ中学最後の夏休みも始まるし、時の流れはあっという間だ。」
「夏休みは文芸部の合宿としてお前の別荘に連れて行ってもらえるのが楽しみだ。」
「フッ、それは期待してほしい。ところでアナタはそれ以外にどこかに行く予定はあるのか?」
「全くないな。家には居ずらいし適当に図書館とかで過ごそうかなと思っている。」
この頃になるとティムに自分の事情を少し話すにまで心を開いていた。
もちろん全てを包み隠さず明かした訳ではなく、言いたくないことはぼかして、
自分には身寄りがなく引き取られた家ではぞんざいな扱いを受けていると話すぐらいに留めたが。
「それなら、ワタシとこの夏一緒に最高の思い出を作らないか?ワタシは過ぎ去る時間を無駄にしたくないんだ。」
「!?」
ティムは膝をついて申し出た。
「Ms Sasaoka・・・、私はアナタとの時間を過ごしてますますアナタのことが好きになった。
アナタはワタシの言動を受け止めて誠実に対応してくれる心優しい人間だ。
あの時とは違ってワタシがどういう人間かも知ってもらえただろう。
改めて言わせてもらおう。ワタシと付き合ってくれないか?」
「私がお前と付き合えば、お前は嬉しいか?」
「嬉しいに決まってるだろう。これは初めてアナタを目にしたときからの悲願だ。」
ティムが私の瞳を見つめる。正直人とこれ以上深く関わるのは怖かった。
文芸部で過ごすだけで今までの限界を遥かに超えていたというのに。
それにティムとあの頃の堅田がどうして重なってしまうからなおさらだ。
2人は全然違う人間だけれどもお金持ちだったり、私への距離が近いところが被る。
だけど、自分の気持ちには逆らえらなった。
「変な事を聞いてしまったな。私も同じ気持ちだよ、・・・ティム。」
「!?Ms Sasaoka!!!初めてワタシの下の名前を・・・!」
「これから付き合う訳だろ?私もミスササオカじゃなくて下の名前で呼んでくれよ。」
「もちろんだ!!!chikako!chikako!chikako!ハハハハハハハハ!!!!」
「よろしく、ティム。」
私は両手を広げた。
ティムは応じて私にハグをして、そしてそのまま空に抱え上げた。
「おおっ!ティムは本当に力が強いな。」
「chikakoが軽すぎるだけだ!オマエはちゃんと食べてるのか?
よし!今から2人で何か食べに行こう!ワタシは良い店を知っているんだ。
オマエにたらふく食べさせてやる。もちろんお代はワタシ持ちだから安心しろ。」
「フフッ、良いのか?最近気が付いたが、私はかなりの大食いだぞ?」
「フッ、心得ている。問題ない。」
私達は2人でいつまでも笑い合った。
◇
こうして私達は晴れて付き合うことになった。文芸部の皆も祝福してくれた。
あの時の記憶は今でも鮮明に残り続けている。
思えば中学の文芸部の日々が私の人生で一番楽しかったのかなと思う。
高校に上がってからはティム以外の文芸部の仲間とは離れてしまったし、
将来への不安に日々押しつぶされることになってしまうのだから。
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