第47話「笹岡チカコ-6」
◇
ティムに連れられた部室に入ると、扉の通ってすぐの両脇に設置された謎の機械が目に入った。
なんだろうとは疑問に思ったが、その時に口を開くことは無かった。
次に目に入ってきた文芸部の部員達に緊張してしまったのだ。
その場にいたのは私とティムを除くと男子2名と女子5名だった。
その中の内、ソファーに寝転んで携帯ゲーム機で遊んでいる男子がティムに声を掛けた。
「おう、ティムじゃん。お疲れ。」
「Kyosukeか。お疲れ。」
「あれっ?そこにいるの3組の笹岡さんじゃん。ティムが絶賛ベタぼれ中の。一体どうしたんだ?」
「Ms Sasaokaは陸上部を辞めることになりそうなので、ワタシの文芸部に入ってもらえないかと見学に来てもらったんだ。」
「おお・・・マジか。中学最後に勝負かけてきたな・・・」
「ここに来て大チャンスが巡ってきた。神はワタシに味方している。男としてこれを掴まぬ訳には行かないだろう。」
仲良さげにティムは男子と話している。こうやって他の誰かと話すティムは新鮮だった。
「あ、俺はティムと同じ3年4組の関野恭介です。一応副部長です。
まあ、ここには本とか漫画とかゲームとか色々と卒業していった先輩方やティムのおかげで揃ってるんで、
好きに使ってゆっくりしていってくださいよ。」
「ご丁寧にどうも・・・3組の笹岡千果子です。」
私は副部長に会釈する。
「どうだ?すごいだろ!このコレクションの数々を!アナタもここまでとは思ってなかっただろう!
これは魅力的に感じるんじゃないか?」
本棚にぎっしりと詰め込まれているコレクションを前にティムは両手を広げて誇らしげにした。
「確かにそれほどの量を集めたのはすごいと思います。
でも申し訳ありませんが、私にとっては惹かれるものではありませんね・・・
そもそも私は漫画やゲームには今まで触れてこなかったので、それらに対する知識も無いんです・・・」
「なんだって!?」
私の言葉を聞いてティムは驚愕の表情を浮かべる。
「それは冗談ではなくて・・・?」
「はい、本当です。」
「それはもったいないですよ。笹岡さん!人生の半分くらいは損してますよ!
俺はこの言葉は嫌いなんですが、それでもそうと言わざるを得ないですよ。」
副部長までも身を乗り出した。
「Kyosukeの言う通りだ。Ms Sasaoka、ワタシはアナタのことが心配だ。
アナタにこの前趣味を聞いたらそんなものはないと断言していたな。学校と家を往復して寝るだけの生活だと。
もしかしたらアナタには人生の楽しみというものが無いんじゃないか?」
「スウェインさんの言う通り、私には楽しみにしていることなんてありません。
でもそれで問題ありますか?特に困ったことも起きませんよ?」
「確かにそうだが、それじゃあつまらないだろう。
アナタは楽しみというものの価値を軽視している。楽しみとは時に苦難を乗り越える支えともなるんだ。
今日は絶対にアナタにここにあるコンテンツになにか一つ触れていってほしい。
それは別にアナタのこれからの人生の邪魔になる訳でもないしな。」
「はあ・・・まあ、今は暇でやることもないのでそうしてみます。」
「うむ!それが良い。」
ティムは大きく頷いた。
私は本棚の前に立つ。小説、漫画、ゲームソフト、ボードゲーム、CD等、
数多くの物品がありどれを選べばいいのか分からなかった。
悩んでいると、ふと見覚えのある文字列が目に入った。手に取るとそれはアニメのDVDだった。
このアニメは小学生の頃、堅田の家で見せてもらったものだ。
内容はほとんど覚えていないが確か魔法少女に変身する女の子が悪い敵と戦うというストーリーだった。
「お、それに興味があるのか。やはり名作だからな。」
「このアニメだけは昔ちょっとだけ見たことがあったんだ。全部は見てないが。」
「ほう・・・それは全部見たほうがいいぞ。全部で大体50話だから、時間はかかるがな。
だがその時間を捧げる価値のあるとても感動的なストーリーだ。早速1話から見ようじゃないか!」
「スウェインさんはこれを全部見たことあるんですか。これって小さい女の子向けのアニメだと思うんですけど・・・」
「女児向けアニメーションだからといって1話も見ないというのは惜しいではないか。
もしかすればとても面白い作品かもしれないのに。
そういう訳だからワタシは何でもまず自分の目で見て判断したいと思っている。
実際にこの作品はワタシが見ても十分に楽しめる作りこまれたものだった。
こうやって見たときのことを思い出すと、また繰り返し見たくなってくるな。
それじゃあワタシがDVDを再生するから、席は自由に座ってくれ。」
「分かりました。」
ティムはテレビの方向へ向かった。テンションを上げてその巨体で小躍りしながら。
「おいオマエ達、今からMs Sasaokaとこれを見るんだがどうだ?」
ティムはお菓子を食べている他の部員にDVDのパッケージをみせる。
「おー、4作目。良いじゃないですか先輩。私はこれがシリーズ最高傑作だと思ってますよ。」
「ほうこの文芸部でこのシリーズに最も詳しいEmiruがそう言うとはな。」
「ふーん、えみる詳しいんだ。私はこのシリーズ通ったことないんだよなあ・・・
それ日曜朝にやってるやつでしょ。私じゃ起きられないからねw。せっかくだし私も見せてもらおうかな。」
「来海先輩は見たことないんですね。あの感動を初見で味わえるなんて羨ましいです。
私も叶うなら今からでも記憶を消したいです。」
「笹岡さんはそれ選んだのか。良いね、俺も当時リアルタイムで見てたわ。」
「関野先輩も見てたんですか、その時間帯は特撮もやってますからね。」
「正解!流れで見るのが至福の時間ってもんだからな。」
部員同士でワイワイ盛り上がっている、楽しそうだ。結局は部員全員がそのアニメに興味を示した。
「それじゃあ再生するぞ。」
本編がスタートする。
私は懐かしさで堅田の家に行ったことを思い出した。振り返るとあの頃がかなりマシだった。
私は途中のエピソードしかことがなかったので、
第一話を見て当時は分からなかったキャラクターの素性や人間関係とかが分かってスッキリした。
「笹岡さん、私、中塚来海。知ってると思うけどよろしく。」
「まあ、同じクラスですからね。」
鑑賞を続けているとクラスメイトの中塚クルミさんが隣に移動して話しかけてきた。
中塚さんとはそれまで全く話したことはなかった。私とは違って明るい性格で人付き合いが広く堅田とも仲良さげに話していた。
「笹岡さんはティム口説かれてるんだってね。大丈夫?アイツに変なこと言われてない?
正直アイツうっとおしいでしょ。まあ、悪い奴ではないんだけどさ、どうしてもウザさが勝っちゃうんだよね。」
「おいコラKurumi、聞こえてるぞ。後で覚えておけよ。」
「お~怖い怖い。ま、何かあったら私に言いなよ笹岡さん。その時はアイツにお灸を添えてあげるから。
せっかくこうやって今知り合えた訳だしね。」
「ありがとうございます、中塚さん。」
「てか笹岡さんなんで敬語?私達クラスメイトじゃん、タメ口でいいよ。私のこともクルミでいいし。」
「じゃ、じゃあ・・・タメ口で。」
「うんうん、私も笹岡さんのことチカちゃんって呼んでいい?確か下の名前は千果子で合ってたよね?」
「うん・・・、合ってる。」
「それじゃあ改めてよろしくねチカちゃん!」
「あ、ああ・・・よろしくクルミ。」
こうやって誰かにチカちゃんと呼ばれるのも久しぶりだった。
この文芸部には小学生の私が失ってしまったものがあった。
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