第46話「笹岡チカコ-5」



その後もティムは遭遇する度に話しかけてきた。


「Good moning Ms Sasaoka!今日は晴れたな、最高の日になりそうじゃないか。

朝から実にすがすがしい気分だ。

おや、松葉杖をついているようだが、一体どうしたんだ?」


「おはようございます、スウェインさん。

なんか少し前からずっと痛いなと思ってたんですけど、病院に行ったら骨が折れてました。

私からすれば朝から最悪な気分ですよ。」


この時の私は足首を疲労骨折してしまっていた。ただでさえ暗い心が余計に沈んでしまっていた。

陸上部の練習をサボれるのが不幸中の幸いだが。


「ワタシが荷物を持とうか?」


「良いんですか?」


「Off course!細すぎるとよく言われるがこう見えて腕力には自信がある。」


「じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・よろしくお願いします。」


「任せろ。」


ティムは軽々と私の荷物を持った。


「最近はワタシにもずいぶん心を許してくれてきたんじゃないか?

これが出会った頃ならアナタはワタシに荷物を預けてくれなかっただろう。」


「そういう訳ではありません。今回はあくまでも非常事態だからです。

私とスウェインさんはただの知り合いで、それ以上はありませんから、勘違いしないでください。」


「ハハハ・・・やはりアナタはつれないな。

でも本当にそうなのか?

今までは名前では呼んでくれなかったのに、

今日はワタシのことをファーストネームの『スウェインさん』と初めて呼んでくれたじゃないか。

これは少しはワタシと仲良くなってくれる気になったのでは?」


「違います、これは気まぐれです。」


「ほう・・・気まぐれか・・・、それなら一度気まぐれで私のことを『ティム』と呼び捨てにしてくれないか?」


「呼びません。」


「ハハハ!!!食い気味じゃないか、手厳しい。」


ティムは高らかに笑った。


私はティムへの態度を変えることはなかったが、実際ティムに対する警戒は解けてきてはいた。

本音を言うと最初は大男の外国人ということで関わることにすら恐怖を感じていたが、

ティムの人となりが分かってきて、その人柄を好ましく感じるようになっていた。

でもだからといって、ティムと親密になる気はなかった。堅田の二の舞を踏みたくないという気持ちが強かった。


「アナタはワタシだけでなく他の誰とも接することを避けているな?

アナタのことをもっと知りたくてこの学校を聞きまわったが、アナタの友達は一人もいなかった。

なんと少し話すだけのワタシが今最もMs Sasaokaとの距離が近いと言われてしまったんだ。これは少し寂しくないか?」


「別に寂しくはありません。1人でいるのは気楽でいいです。」


「とは言っても昔からそう思っていた訳ではないのだろう?

小学校時代はバスケットボール部のMs Katadaと親友同士だったとも聞いたからな。

今は両者の仲は険悪とのことだが、

もしかしてこの交流で起こった何らかの出来事がアナタを変えてしまったのではないかワタシは見ている。」


「人の過去に関係の無い貴方が土足で踏み込んでくるのは不愉快です!!!やめてください!!!」


私は振り返りたくないも過去を掘り出されて、思わず大声を出した。

ティムはやってしまったとばつの悪い表情を浮かべる。


「すまない。今のは失言だった・・・アナタが怒るのは当然のことだ。

誰しもが触れられたくない話題を持っている。それを忘れていたワタシが悪い・・・

二度とこの話はしないと誓おう。」


「人の心を傷つけておいてそれで済むと思ってるんですか?

二度と話しかけないぐらいはするべきじゃないんですか。」


「そうだな・・・アナタが望むのであれば、ワタシは罰としてそれを受け入れよう。

全てはワタシの責任、何も文句は言うまい。

ただ、この荷物だけは最後まで運ばせてくれないか?せめてもの償いの意思を示したい。

今からはワタシは何も話さないし、運び終えたらアナタの前から永遠に姿を消そう。」


ティムは覚悟を決めた表情で言い切った。これはもう二度と私に話しかけないつもりだ。

他人と関わることを避けている私には好都合なことだ。


けれど・・・


「貴方って騙されやすい人なんですか?」


「What's!?」


「今のは冗談です。別にそこまでしなくていいですよ。謝ってくれたのでそれで十分です。」


「それじゃワタシはこれからもアナタに話しかけても良いのか?」


「まあ、あまり慣れ慣れしくしなければ・・・」


「寛大な処置をありがとう!Ms Sasaoka!アナタは優しいな!」


ティムの声は明るくなった。その声を聞いて私も嬉しさのようなものを心に感じ取った。

結局のところ私は寂しかったのだ。ティムの言ったことは正しい。

私は強い意志など持っていないから、たとえ私の難ある人格で他人との関係を壊す結末になると分かっていても、

他人というものを求めてしまうのだ。



そして中学3年になるとさらにティムとの関係は近くなっていくことになる。


「聞いたぞ、Ms Sasaoka。陸上部を辞めることになりそうだとな。」


「スウェインさんは相変わらず耳が早いですね。

足の怪我はもうとっくに治ってるのに部活に行かずにサボっていたら、顧問に呼び出されて・・・」


「ふむ・・・実はいつかはこうなるだろうと思っていた。

アナタは陸上部が好きでは無さそうだったからな。」


「気付いてたんですか。」


「時折見かける練習光景でのアナタの表情を見ればな。で、どうするんだ?本当に辞めるのか?」


「はい・・・正直、もう戻りたくないです。練習が無いことが日常になってしまいましたから。」


「そうか・・・今後はどうするつもりだ?

この学校には部活動を強制されるという難儀なルールが存在している。何か当てはあるのか?」


「ありません・・・

もう運動はしたくないので文化系の部活を探しますが、本音を言うなら部活なんてやりたくないので憂鬱です。」


「よし!ならちょうど良い!アナタは文芸部に入れ!ワタシが新しく部長になったばかりなんだ!」


「文芸部ですか?なんか小説とかを読んだり書いたりしないといけないんですかね・・・

私は読むのも書くのも苦手だし普通に嫌です。お断りします。」


「結論を急ぐな。別にそんなことはしなくていい、ワタシは好きでやっているがな。

この部活では何をするのも自由だ。遊んでててもお菓子を食ってても良い。

参加するのも自由だ。籍だけ置いてサボっている幽霊部員も少なくない。

もっとも、ワタシはアナタと同じ時間を過ごしたいと考えているから、是非とも参加してほしいが。

部室にはゲームも揃っている。ワタシが持ち込んだんだ。」


「そんな部活があるんですか・・・?信じられませんね・・・

スウェインさんは私を騙そうとしていませんか?」


「そんなつもりは無い。本当だ。

部活動を強制されるというルールに不満を持っている人間は何人もいる。

この文芸部はそんな人間の隠れ蓑ようなものになっている訳だ。」


「なるほど・・・それは知りませんでした・・・」


「まずは早速今から見学に来てくれ。A picture is worth a thousand words.

日本語では『百聞は一見にしかず』という意味だ。部室へ案内しよう。」


ティムはやや強引に話を取り決めた。何がなんでも私と近づきたいという強い意志を感じた。


「・・・分かりました。」


私はティムに従うことしか出来なかった。

正直な所、新しい部活を探すとなると他の人とも話さなくてはいけないし、

その手間が省けるなら良いかなと思ってしまった。私は意志薄弱の軟弱者だからただ流されてゆく。

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