第44話「笹岡チカコ-3」


「ねえ、チカちゃん。この問題が分からないのだけど、チカちゃんは分かる?」


「ん?どれどれ?う~ん全然分からん・・・算数というものは本当に難しすぎるな。」


「私たちじゃお手上げね。どうしようかしら・・・」


「まあテキトーに解答を埋めとくしかないな、ハハハ!!!」


「またそれ?これで何問目よ?フフフ!!!」


私達は劣等生だった。何をやっても失敗ばかり。

あの頃の私達はお互いにそれを笑いあってヘラヘラしていた。


「これ、お菓子を作ってみたのだけど失敗しちゃったわ。」


「うわあ・・・これは酷いなwwwこれは味もとんでもないことになりそうだ。」


パクッ


「おえええええ!!!まっずwwwユキエ、これは軽く毒だぞwww」


「やっぱり?私も食べてみるわ。」


パクッ


「チカちゃんの言う通りだったわ。こんな恐ろしいものを生み出せる自分に驚くわ。フフフ!!!」


悪いことなんてその場で笑って軽く流してしまえば良い。

私はそう思っていた。今でもそう思っている。

どうせこの世界の物事に対して真面目に向き合うだけ無駄だ。

私達が今立っている土台など、崩れる時は一瞬だ。

例え何をしようがどうしようもならない。足掻いても消耗するだけ。

私は家族を失い虐げられる自分の立場を以ってそれを痛感している。

だけど、堅田はそうは思っていなかった。

その考えの違いがあんなにべったりだった私達2人の関係を壊してしまった。



あれは小学5年の球技大会のことだった。

私達2人はバスケットボールの競技をすることになり、日々体育の時間でも練習していた。

私はバスケに関心など無くやる気の無かったが堅田はバスケを好きになり目を輝かせていた。


「チカちゃん、絶対に優勝を目指しましょう!」


「おいおいどうしたんだユキエ、やけに張り切ってるじゃないか。」


「生まれて初めて自分が熱中出来るものを見つけたの。良い結果を出したいと思うのは当然じゃない。」


何かが変わろうとしている堅田を見て、私は既にこの時点で滅茶苦茶嫌な予感がしていた。

そしてその予感は見事に的中してしまう。



球技大会の行われた日、私達のクラスは初戦で敗退してしまった。

前半優勢からのひっくり返されての逆転負け。堅田も足を引っ張る場面が多かった。

考えられうる中で最悪に近い結末と言ってしまっていいだろう。


「私があそこでパスを受け取れていたら・・・」


堅田は今までに見たことがないぐらいに凹んでおり、私は何と言葉をかけるべきなのか分からなかった。

今振り返って考えてみれば、

分からないというのなら下手なことは言わずに黙ってその場をやりすごせば良かったのかもしれない。

もしそうしていればちょっとすれば今でも私たちの友情は続いていたのかもしれないのかなと、後悔している。

でも、当時の私にはその選択肢は取れなかった。

頭の中が堅田でいっぱいだったから、何もせずにはいられなかった。

私はとにかく堅田に悲しんでほしくなかった。

バスケなどただのスポーツではないか。そんなもので負けたところで別に命を取られるわけではない。

兄が犯罪者となって天涯孤独となり、虐げられて暮らすなんてことには間違ってもならない。

だから軽く笑い飛ばしてしまえばいいのだ。


「ハハハ!!!ユキエ、これはひどい試合だったなw私達の情けない伝説にまた1ページ加わってしまったぞwww」


これまで通りなら堅田は私に同調して笑い返してくれた。でもこの時は違った。


「何を笑っているの・・・?」


「私達バスケヘタクソすぎて面白いだろw絶望的に向いてないじゃないかw」


「ふざけないで!!!」


堅田が大声を上げ、その場が凍り付いた。

誰かに怒りを向ける堅田を見つけるのは初めてだった。しかもそれは自分にだ。


「私も他の皆も真面目に取り組んで悔しいというのに、どうしてそんな不真面目な態度をとれるの?

はっきりいって今の貴方の言動は不愉快よ!!!」


「不愉快だと・・・!?」


「ええそうよ!貴方だって私達と一緒に練習してきたわけじゃないの?

なのにそんな軽薄なことを平気で言えるなんてショックよ!!!貴方を友達だと信じていた私が馬鹿だったわ!!!」


「ちょっと待てよ・・・そんなにキレるなよ・・・ユキエ・・・」


「キレるに決まってるじゃない!!!

貴方は自分が軽蔑されるに値する発言をしてしまったことすら理解出来ないの?

最低な人間ね!!!もう貴方とは絶交よ!!!」


私はショックを受けて唖然とした。堅田は私に背を向けて去っていく。

しばらくは立ちすくんでいたが、どんどん遠くになっていく堅田を見ると怒りが湧いてきた。


「ふざけるな!!!」


私は堅田の元へ走り、堅田を両肩を掴んで壁に叩きつけた。


「何よ。」


私に対する堅田の態度は以前とは180度変わってしまった。

声のトーンは冷たく、魚の死んだような目で私を見つめる。


「私をクズだと見下すつもりかよ!!!」


私は顔を真っ赤にして叫んだ。


「当たり前じゃない。貴方はそれだけのことをしたのよ。」


「この野郎・・・!!!」


私は拳を振り上げた。堅田は怯えて目を瞑る。


「ッ・・・!!!」


私はギリギリの所で思いとどまり動きを止める。

堅田は私の拳を力を入れて振り払う。


「そうやって脅すような真似なんてしてくるなんて、どこまで私を失望させれば気が済むの。

いい加減にしてちょうだい。」


堅田は私を本気で拒絶する表情を浮かべそれだけ言ってまた去っていった。

私はその表情にショックを受けて、その場から動けなくなった。

そこからの私の記憶はしばらく途切れている。

おそらくはいつも通りに授業を受けていたのだとは思うが、全く覚えていない。

次の記憶はその日の帰り道からだ。

いつもは2人で歩いていた道を1人歩く。道中は感情が高ぶって頭が痛くなり何も考えることが出来なかった。


「・・・・・・・・・」


帰宅した私は物置で寝転んで天井を眺める。目が熱くなって涙が流れ出た。

私はまた一人になってしまった。



あれから堅田は別人になってしまった。

勉強も運動も頑張り始めて、ポーカーフェイスでカッコつけるいけ好かない奴になってしまった。

友達も私以外に居なかったというのに、

小学6年生に上がった頃にはクラスの女子達が『ユキエちゃん、ユキエちゃん』と尻尾を振って集まるようになった。

そういう訳だから、もう私に話しかけてくれなくなった。鉢合わせても無視される。


「ユキエちゃんすごい!!!このテスト難しかったのに100点満点とるなんて!!!」


「たまたまよ。まだまだ理解が足りてないところがあると感じたわ。後で復習しないと。」


「流石ユキエちゃん!!!私だったら100点取ったことに満足しちゃうよ。」


取り巻きに賞賛されている堅田を見ると、自分が置いて行かれてしまったのを痛感する。


「このポンコツ堅田が・・・!ちょっと調子が良いからって優等生気取りか・・・」


そんな事実に無性に腹が立って私は堅田に突っかかる。


「なにコイツ・・・嫉妬してんの?」


「笹岡うっざ。アホは消えろよ。」


「笹岡っていつもこんなで本当にキッショいよね。なんでユキエちゃんが昔コイツと仲良かったのかが分かんない。

騙されてたの?」


取り巻き達は私を糾弾しようとするが、堅田はそれを制止する。


「貴方たちやめなさい。彼女は自分が惨めだからって、周囲に当たることしか出来ない可哀想な人間よ。

そんな人間に構うのは時間の無駄でしかないわ。離れましょう。」


堅田は私と目を合わさず、冷たく言い切った。

それにしても何やってるんだろうな私は。

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