第43話「笹岡チカコ-2」



堅田との時間は楽しかった。

あの頃の堅田は今みたいにクール気取りでスカして偉そうにしておらず、すこし気弱だが素直で可憐だった。

私に対しても優しくて、私がテレビや漫画を知らないと言っても呆れることなく1から10まで説明してくれた。


「すまん、ユキエ。私なんかと話してても面白くないだろう。」


「そんなことないわ。

自分が知ってることを人に話すために頭の中で改めて整理すると、自分が忘れてたことも思い出して結構楽しいのよ。

これもチカちゃんのおかげだわ。

でも逆に私ばっかりが話しちゃってもしかしてチカちゃんのほうがつまらないって思ってたりする。

だとしたら私のほうが申し訳ないわ。」


「そんなことはない!!!ユキエが楽しそうに話しているのを見ると私の心まで楽しくなってくる。

私にとってはユキエとの時間が一番大切だ。」


「チカちゃん・・・私の大好きな人にそんなこと言ってもらえるなんて嬉しいわ。」


その時私に微笑んでみせた堅田の表情は輝いていて、冷えきっていた私の心を暖めてくれた。


「!!!どうしたのチカちゃん!?私何か変なことを言っちゃったかしら!?」


私の目から思いがけず涙が零れ落ちていた。


「違う・・・嬉し泣きだ。大好きだなんてそんなこと誰かに言ってもらえるだなんて思ってなかったから・・・

本当にユキエは私が好きなのか・・・?」


私は今まで一人で、どこにいても余けもの扱いだったけど、久しぶりにここにいてもいいと言ってもらえたような気がした。


「大好きよ。最近はチカちゃんのことばっかり考えてるわ。」


堅田は自分の胸に私の顔を埋めさせて抱きしめだ。体格差などお構いなしでかなり強引だ。


「・・・私もユキエが大好きだ。」


私はそれだけ言うと黙ってしばらくそのままでいた。堅田の小さな体が大きなものに感じた。

ちょっと重いかもしれないけど、この時の私は堅田のことを愛していたと思う。

堅田にはずっと笑っていてほしい。何かに傷ついて悲しむなんてあってほしくない。

その為に私は出来る限りのことをしようと、堅田の温もりを感じながら決心した。



「おい!堅田!ちょっとこれ見てみろよ!!!」


「ひっ、やめてよ平田くん。それをこっちに向けないでよ!!!」


「お前ビビりすぎだろアハハ!!!」


相変わらず堅田に男子達のちょっかいは続いていた。平田が虫を堅田に近づけて面白がっていた。

堅田を悲しませる人間は許せないと私は動いた。


「ちょっ!!!デカ女!!!返せよ!!!」


私は平田から虫を奪い取った。


「分かった、返してやる。ほらよ!!!」


私は平田のTシャツの襟元を掴んで服の中に虫を入れた。


「おい!嘘だろ!あっ、ああああああああああああああああああああ!!!」


平田はパニックになり泣きながら右往左往と走り回りどこかへ消えていった。


「二度とユキエにそんなしょーもないことはするなよ!次やったらこの程度では済まさないからな!」


「平田君・・・ちょっと可哀そう・・・」


「自分に嫌がらせしてきた男子相手にもユキエは優しいな。

でも元はと言えば平田がわざわざ虫なんて持ち出してきたのが悪い。

ここで痛い目を見させないと行為がエスカレートして取返しのつかないことになるぞ。」


「それは・・・確かにそうだけど・・・」


私は強く言い切った。ただ後から思うとこれはやりすぎだったと反省している。

平田はこの出来事がトラウマになって虫がすっかり苦手になってしまったらしいし。


「平田くそおもろいwww地獄すぎるだろwwww」


「今日一笑ったwwwそれにしても平田もアホだよなwww

堅田にちょっかいかけたら用心棒のデカ岡に酷い目に遭わされるだけだって分かりきってるのに。」


ただまあ実際に私の行動によって男子の堅田に対する嫌がらせは無くなったので、後悔はしていない。



私達は朝学校で会って放課後日が暮れるまで遊ぶ間常にべったりくっついて行動を共にしていた。

時には堅田の家に呼ばれることもあった。堅田は裕福な家の育ちで大きなお屋敷に住んでいた。


「ユキエのお母さんですか?こんにちは。」


「こんにちは、あなたがチカちゃんね。いつもユキエと仲良くしてくれてありがとう。

うちの子は引っ込み思案なせいでこれまでなかなかお友達が出来なくて心配してたから、

チカちゃんがいてくれて本当に良かったわ。」


「いえいえ、そんな・・・」


私を優しそうな堅田の母親に歓迎され、後から堅田も現れて嬉しそうな顔をして足早に駆け寄ってきた。


「あ、チカちゃん、いらっしゃい!」


「ユキエ・・・お、お邪魔してます・・・」


「どうしたの?ちょっと元気が無いように見えるのだけど・・・大丈夫?」


「あ、いや全然大丈夫。ちょっと緊張してるだけだ。友達の家に行くなんて初めてだから・・・」


「フフッ・・・そんなに身構えなくてもいいのに。チカちゃんには自分の家だと思ってくつろいでほしいわ。

でもその気持ちも分かるかも、私だってお友達を家に呼ぶだなんて初めてだから・・・」


堅田はそう言うともじもじする素振りを見せた。やはり思い返すとこの頃の堅田は本当に可愛かったな。


堅田の部屋に通されると、私は部屋の広さに気圧された。狭い物置で過ごす私とは大違いだ。


「おお・・・!すごいな!!!」


私はやや興奮気味に声を張り上げた。


「そうかしら・・・別に面白くも何ともない部屋だと思うけど・・・」


「いやいや、とても素敵な部屋だと思うぞ!

あれはベットだよな?カーテンが付いていてお姫様みたいじゃないか!いつもあそこで寝てるのか?」


「ええ、そうよ。フカフカで気持ちいいから朝いつもベッドから出てくるのに苦労してるの。」


「へえ~ベッドってそんなに心地いいんだ。私には想像がつかないな。」


「よかったら、チカちゃん横になってみる?」


「良いのか?」


「もちろん。」


「じゃ、じゃあお邪魔します・・・」


私は恐る恐る毛布の中に入り、目を閉じる。そして、一瞬で飛び起きて丁重に毛布の位置を元に戻しベッドを後にした。


「もう良いの?」


「これはヤバい、寝てしまう。」


「あら、そうなの?チカちゃんもこのベッドに魅了されたのね。フフフ。」


「あれはテレビか?自分の部屋にテレビがあるのか・・・」


次に目についたのはテレビだった。

普段は触れることが許されないテレビが自分のすぐ目の前にあることに緊張を隠せない。


「見る?この時間は地上波ではあまり面白い番組はやっていないから、ケーブルテレビのアニメがおすすめよ。」


「ケーブルテレビ?よく分からんがそれで頼む。」


堅田は慣れた手つきでリモコンを操作し、テレビが映し出された。


「おお・・・」


私は何かいけない事をしている気分に陥った。


「なんかチカちゃんそわそわしてるわね。どうしたの?」


「いや、なんでもない。それにしてもユキエの部屋にはなんでもあるな。おもちゃやゲームも揃ってるし。」


「そうかしら、なんでもってことはないと思うけど・・・

でも確かにおもちゃは多いわね。お父さんが事あるごとに買ってきてくれるの。」


ここまでくると普段の私の生活とのギャップにどうにかしてしまいそうだったので、私は話題を逸らすことにした。


「そうか、良いお父さんだな。

せっかくだし色々とこのおもちゃを見て回って遊びたいところだけど、

でもその前にまずは一緒に宿題を終わらせないとな。」


「そうだったわ。今日は宿題が出ていたのね。私ったらすっかり忘れていたわ。

チカちゃんがいなかったら、明日また先生に怒られるところだったわ。」


私と堅田はテーブルに筆記用具を並べた。

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