第42話「笹岡チカコ-1」
◇
私には年の離れた兄がいた。ダジャレ好きの陽気な兄だった。
記憶を遡ると幼い頃の私はこの兄によく懐いていて、ことあるごとに兄の仕草を真似していたのを思い出す。
兄も私のことはめんどくさがらずに構ってくれて可愛がってくれていたと思う。
だけど今となってはもう兄の顔なんて忘れてしまった。
覚えているのは、どこかに遊びに行っていた帰りに歩き疲れた私を負ぶってくれた大きな背中だけ。
というのも兄は10年ほど前に殺人犯となり私の両親を含む大勢の人間の命を奪い、警官に射殺されたからだ。
私は人殺しの妹という訳だ。
あの時の私は突然自分の置かれた状況が180度変わってしまったことに戸惑い、そして世界を憎んだ。
「本当は関わることすら嫌だけど、
まだ幼い子供を見捨てるのも気が引けるから、高校を卒業するまではこの家で面倒だけは見てあげる。
でも、間違っても僕達を家族だなんて思わないことだね。」
「はい・・・」
身寄りを亡くした私は生まれた家から少し離れた所にある遠い親戚の家に引き取られて苗字を変えて暮らすこととなった。
そして家の中で私には様々なルールを敷かれゴミのように扱われた。
私は玄関からでは無く裏口から出入りしなくてはならなかったし、
家の家族が温かい手料理と食べている中私は食卓に座ることも許されず、
自分の部屋として与えられた狭い物置の中でカップラーメンを貪っていた。
後から考えるとこんなクソみたいな栄養バランスの食生活でよく身長を176cmにまで伸ばせたものだと我ながら思う。
家には私より1学年下のオスの双子がいた。
「なあお前。今からヒーローごっこやるんだけど、悪役やってくれよ。」
「ちょっと兄ちゃんなにやってるのさ!そいつには関わるなってお父さんもお母さんも言ってたでしょ!」
「別にバレなきゃいいだろ、今までどっちが悪役やるかお前ともめてたんだから、こいつに押し付けるのが一番じゃん。」
「それもそうだね!それじゃさっそく僕から!!!オラー!!!死ね!!!」
「ちょっと待っ、痛い!!!」
有無を言わさず私はボコボコにされる。
少しでも抵抗すれば私がこいつらを殴ったと怒られるから黙って耐えるしか無かった。
それがエスカレートして階段から突き落とされたこともあった。
ドン!
「うっ・・・う・・・」
「やっべ、やりすぎた。」
「ちょっと兄ちゃん、これは不味いよ・・・」
「こ、こいつが勝手に転んで落ちたことにすればいいだろ。
おい、お前!父さんと母さんが聞いてきたらそう言えよ!」
「痛いい・・・」
「返事しろ!!!」
「はい・・・」
結局この時は利き手の右腕を骨折する大怪我を負い、そのせいで利き手がバグってどちらの手でもしっくりこなくなってしまった。
これが私の家の中で過ごしていてワーストの出来事だったのだが、近年はそれを更新する出来事が起き続けている。
というのもあのオス共が色欲というものを覚えたからだ。
正直この件に関しては考えることすら嫌で、他の誰にも言いたくない。
そんな訳で何度辛い思いをしてきたか、私には数え切れない。
だけどそんな家でも私にとって唯一の居場所で、
それを奪われて外に放り出されるのなんて怖くて仕方なかったから、家の人間に逆らうことは出来なかった。
◇
「死ねよ!!!デカ女!!!」
「なんだお前?やるのか?良いよ殺してやるから。」
「生意気なこと言ってるんじゃねーぞ!!!」
小学校での私は普段の生活のストレスのはけ口と男女問わずに日々喧嘩に明け暮れていた。
運動センスなんてものはからっきしだったから体の大きさだけでどうにかしていたという感じだった。
あの時の私は誰かと争うことでしか他人と関わることが出来なかった。
友達なんてものはいなかった。
誰かと話して仲良くなろうにも、
私はおもちゃや漫画なんて買ってもらえず、テレビすら見せてもらえないから、話が合わない。
『私にも分かる話をしろ』と理不尽にブチ切れて喧嘩になって嫌われるの繰り返しだ。
そんな私を変えたのは堅田ユキエだった。堅田は私の小学校生活で初めて出来た友達だった。
「うう・・・・返してよ・・・」
「返してほしかったら奪ってみろよ!!!まあお前みたいなクソチビには無理だと思うけどな!!!ハハハハハハ!!!」
「どうしてそんなことをするの・・・」
ある男子が堅田の筆箱を奪いそれを高々と掲げて、小柄な堅田の反応を見て楽しんでいた。
堅田は今でもクラスで一番小さくて小学生にしか見えないが、この頃は小学生にすら見えないレベルでさらに小さかった。
「クソチビはお前もだろ。」
私はその男子から筆箱を奪い取る。
「何すんだよ!!!デカ岡!!!」
「お前のほうこそ何してるんだ。
好きな女の子だからっていじわるするだなんて、あまりにしょうもなさするぞ。」
「は???す、す、好きなんかじゃねーよ。こんなブス!!!」
男子は顔を赤くして分かりやすい態度を見せる、この頃から堅田は頭一つ抜けて可愛らしかったからな。
「はいはい、さいですか。ほら、筆箱。」
私は堅田に筆箱を渡し、男子を片手で抱いて身動きをとれないようにして、もう片方の手で彼の尻ポケットを漁る。
「ちょっ!!!お前何するんだよ!!!」
「あ、なんか見つけた。なんだこれ、鍵か。」
「ふざけんな!!!お前返せよ!!!」
「ほらほらとってみろよ!!!クソチビ君!!!」
「マジでやめてくれ!!!それ俺の家の鍵なんだよ!!!それ無かったら俺家に入れねえんだ!!!」
「ふーんそうか、それじゃあとってこい犬ころ!!!えいっ!!!」
私は窓から鍵を投げ捨てた。
「あー!!!!!!!!!!!テメエやりやがったな!!!絶対いつか仕返ししてやる!!!覚えてろ!!!」
男子は半泣きになりながら、鍵を探しにその場を走って立ち去っていった。
「ハッ!!!これに懲りたら人の物を奪おうだなんて考えないことだな!!!」
ちなみに余談ではあるが、
この男子は後に私達と中学高校でも同じになりこのデスゲームにも共に巻き込まれてしまった平田ソラその人である。
「あ、ありがとう・・・笹岡さん。
でも良いの・・・?私のせいで後で平田君に仕返しされちゃうわ・・・」
「別に大丈夫だろう。アイツは口だけだから大した事は出来ない。そんな心配しなくていい。
というかお前私の名前知ってたんだな。」
「クラスメイトなんだから当たり前じゃない。
それに笹岡さんは、とっても綺麗な人だもの・・・
手足が長くてスラリとしてて私も笹岡さんみたいになりたいわ。」
「女でデカいと悪目立ちしてやたらと男子に突っかかれるだけだぞ。
堅田さんは今のままで十分だと私は思う。
だってこの学校で一番可愛いじゃないか、私が堅田さんになりたいくらいだ。」
「わ、私が!?そ、そんな!笹岡さんそれは言い過ぎよ・・・」
堅田は私が発した賞賛の言葉に驚き顔を赤らめた。
その表情を見て私は自分が言ったことが間違っていないと改めて確信した。
ずっとこの表情を眺めていたいとこの時思った。
「あの・・・笹岡さん。」
「ん?なんだ?」
「私達、友達になりませんか!」
「えっ・・・」
今度は私が堅田の言葉に驚いた。
「ごめんなさい・・・迷惑だったわよね・・・」
「いや、別に友達になるのはいいんだけど、私でいいのか?嫌われ者だぞ?」
「私は笹岡さんは優しくて素敵な人だと思うわ。笹岡さんは嫌われ者なんかじゃない!」
「面と向かってそう言われると照れるな・・・」
「フフフ、さっきのお返し。」
「まあ、そういうことならこれからお願いします。堅田さん。」
「ユキエでいいわ。私もチカちゃんって呼んでいい?」
「お好きにどうぞ、ユキエ。」
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