第19話「三方レオ-1」



僕が全てを奪われて人生が一変してしまったのは、小学一年生の夏休みのあの日のことだった。

その日までの僕はどこにでもいる平凡な少年として両親と産まれたばかりの妹となんてことのない平和な日常を送っていた。


ピンポーン


「レオ!!!今日も私は人喰いモンスターを探すわ!!!お前も手伝いなさい!!!

私達でやっつけて街の平和を取り戻すのよ!!!」


玄関で僕のクラスメイトの少女が木の棒を振り回す。

彼女の名前は謝藍汐、中国籍の子で僕が幼稚園の年中の時に日本にやってきた。

初対面の頃からランシーは何が面白いのか何をするにも僕につきまとってきて、

周りの大人達も仲が良さそうだからって僕にランシーの面倒を見るように言ってきた。

そんなわけでなし崩し的に僕とランシーは友達となり一緒に遊んでいるうちに、

最初は中国語しか話せなかったランシーもこの頃になるとかなり流暢に日本語を扱えるようになっていた。


「え~、面倒くさいよ。そんなくだらないことよりテレビゲームがしたい。」


「くだらないこととは何よ!!!お前は人喰いモンスターに皆が食べられて良いっていうの???」


「人喰いモンスターなんて馬鹿馬鹿しすぎるよ。そんなものいるわけないじゃん。」


人喰いモンスター・・・、当時僕達の小学校ではそんな噂が流行っていた。

この街には人喰いモンスターが居着いていて一家を丸ごと飲み込んでしまうのだと。

当時の僕はこんな非科学的なこと全く信じていなかったけれど、

ランシーの方は変人だから信じてしまったようで大真面目に『私が倒してやる』とクラスで息巻いていた。

そういう訳で夏休みに入ってからは毎日僕はこうやってランシーに付き合わされている。


「せっかくだからランシーも上がったら?ちょうどお父さんが今話題になってる新発売のゲーム機を買ってきたばかりなんだ。

こんな暑い外にいるよりクーラーの利いた部屋でダラダラ一緒にゲームしようよ。」


「新発売のゲーム機!?」


ランシーは一瞬目を輝かせた。しかし、


「いやダメ。私達が遊んでいる間に人喰いモンスターが暴れたらどうするの!?一刻も早く見つけ出さないと!!!」


ランシーは頑固だ。一度決めたことは絶対に曲げない。そんなランシーに僕が頭を抱えていると・・・


「コラッ!!!レオ!!!」


「お、お母さん・・・」


「あんたは隙あらばダラダラとゲームばかり・・・子供は外で遊ぶのが仕事よ!!!

せっかくランシーちゃんが毎日誘ってくれるんだから行ってきなさい!!!」


「わ、分かったよ・・・」


僕は観念してランシーと人喰いモンスターを探すことにした。

部屋に戻って身支度をする。


「外は暑いから、熱中症で倒れないよう水分を持っていきなさい。」


「うん。」


玄関で母さんは笑顔でペットボトル飲料を2つ渡してきた。僕とランシーの分だろう。

そしてこれが僕と母さんの最後の会話となった。



「暑いなあ・・・外なんて大嫌いだ。」


「お前はもうへこたれてるの!?全く情けない!!!こんなんじゃ人喰いモンスターは倒せないわよ!!!」


「人喰いモンスターなんているわけないんだから大丈夫だよ。」


「お前のそういう態度は正常性バイアスって言うのよ。何かあってからじゃ遅いんだから、もっと真剣に考えなさい!!!」


「せ、せいじょうせいばいあす???なにそれ!?中国の言葉?」


「日本語よ!?お前は知らないの?」


「知らないよ・・・」


ランシーは変人だったけれどもこの頃から賢かった。


「お前はもっと勉強しなさい!!!

そんなだからこの前の国語のテスト、お前は19点しか取れなかったんじゃない!!!」


「な、なんでランシーが知ってるの!?」


「お前の母さんが教えてくれたわ。」


「え・・・お母さん、何を勝手なことを・・・」


「お前は鍛え直す必要があるようね。ここからいつもの公園まで私と競争しなさい!!!

負けた方は駄菓子をおごること。いいわね?」


「ちょ、ちょっと待ってよ。話が急すぎるよ。」


「口答えしない!それじゃあよーいドン!」


「ええっ!ちょっと!もう!」


仕方なく僕は走り出すが既にランシーは遠くになっていた。

ランシーは中国武術の道場の一人娘で自身も拳法使いであり、その身体能力はかなりのものだった。

当時はランシーが僕に無理やり拳法を教えて来て大変な思いをした記憶がある。

ランシーは強引だけど教えるのが上手かったから、

あそこで武術の基礎を学べたのは望んだ訳ではなかったけど、今後の人生で役に立った。



「はあ~!!!今日も見つからなかったわ!!!一体人喰いモンスターはどこに隠れているっていうのよ!!!」


日はすっかり傾き家に帰る時間になり、僕とランシーは帰路を並んで歩いていた。


「あっ、そうだ。今日私中国に帰るわ。」


「えっ!?」


思わぬランシーの一言に僕はショックを受ける。

毎日ランシーと会うのがもう当たり前の日常となっていたから、ランシーが居なくなるなんて夢にも思わなかった。


「・・・・・・・・・」


僕は何も言葉を発することが出来なかった・・・


「夏休みの間だけだから。お前早とちりして凹んでるんじゃないわよ。」


「な、なんだ・・・驚かせないでよ・・・」


その言葉を聞いて僕は安堵した。

ランシーにはいつも振り回されてばかりだけれども、

僕にとってランシーという存在はかけがえのない存在になっていたことに気づかされた。


「私がいない間、人喰いモンスターはお前に任せたわ。お前、サボるんじゃないわよ。

もし人喰いモンスターの首を取れたら、褒めて遣わすわ!!!」


「昔の武士みたいな言い方だね・・・まあ分かったよ。」


「それじゃあレオ、お前とはまた新学期に会いましょう!再見!」


「うん、またね!」


僕達が別れる時ランシーは今日一番の笑顔を見せてくれた。

その時の笑顔は僕がその後の人生でひと時たりとも忘れることはなかった。

しばらく歩いてふと振り返るとランシーはまだ僕を見ていた。

僕と目が合ったランシーは顔を赤くして慌てて電柱に身を隠す。

一体何をしているんだろうと疑問に思いながらも僕はランシーに手を振った。

その時強く感じた名残惜しさは、今思えば予感であったのだろうか。

夏が終わり日本に帰ってきたランシーはきっと普段通りに張り切って登校したのだと思うけど、

教室に僕が現れることは二度と無かったのだから。



ピンポーン


呼び鈴を押しても反応がない。


「あれ・・・おかしいな・・・お母さんもお父さんも特に出かけるだなんて言ってなかったはずなのに・・・」


僕の家は異様なほどに静かだった。電気も付いていない。

試しにドアノブに触れてみると鍵はかかっていなかった。僕は恐る恐る扉を開く。


「なんだ?この匂い!?」


その瞬間、僕の鼻に生臭い匂いが飛び込んだ。僕は明かりを付ける。すると


「お、お父さん!?」


現れた光景はとても信じたくはないものであった。廊下にはかつて父さんだったものが倒れていたのだ。

父さんの遺体は全身の至るところを貪られていてその原型をとどめていなかった。


ムシャムシャ


奥にあるダイニングルームから何か音がするのに僕は気づく。

僕は涙を流し恐怖でいっぱいだったけれども、それでも何が起きたのかを確かめずにはいられなかった。

ゆっくりと僕は足を進め、一気に扉を開いた。


「ああ・・・ああ・・・」


その光景は常識では信じられない非科学的なものであった。


ムシャムシャ


人喰いモンスター・・・その名前にふさわしい化け物が母さんの内臓を貪っていた。

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