第12話「筆木シズカ-8」



天海さんの推測を聞いた俺は驚愕するしかなかった。


「つまりは俺達が放り込まれた世界とは神谷ユウキが実在している世界ってことですか・・・

ちょっとにわかには信じ難いですね・・・」


「まあ俺もそう思う。だがしかしそもそも今の状況そのものが信じられないじゃないか。」


「ですね・・・」


「君たちは一体何の話をしているんだ!」


神谷ユウキが問いかけてくる。その表情は週刊少年ジャンクで見たものそのものだった、不思議な感覚だ。


「お前、弟と妹が元気してるか?」


「何故そんなことまで知っているんだ!?」


「なるほどな・・・」


俺は一息置いて神谷ユウキの問いに答える。


「神谷ユウキ、お前は俺たちの世界では架空の人物、『ダークブレイカー』という漫画に出てくる登場人物でな。

そこでのお前は両親を早くに亡くし幼い兄弟達の親代わりとなってバイト生活に明け暮れている高校生という設定で、

ひょんなことから怪異の引き起こした事件に巻き込まれ、怪異と戦う組織に入隊して日々戦っている。

そして俺達はそんなお前の様子をエンタテインメントとして消費している。」


「意味が分からない・・・何を馬鹿げたことを言っているんだ君は?」


「正しい反応だな。正直自分でも何言ってだこいつと思ってるし。

まあでも今はそんなことどうでもいいわ。俺にも聞きたいことがある。」


「何だ?」


「今のこの状況はどうなってるんだよ・・・?

お前天海さんのことこんなにボコボコにして、ガチで殺す気じゃねえか・・・

この神様の戦いとやらに乗ってしまったのかよ・・・まあ、それは仕方のないことだけどさ・・・

でも、天海さんをいたぶるのは勘弁してやってくれんか?

天海さんは病気でロクに学校に来れてないんだけど、今日は調子が良いのか登校してきてて

俺は陰ながら良かったなって思って、

それで『この調子で体も治ってくれたらいいな』って俺は祈ってたんだわ。」


「筆木君、そんなことを思っていてくれてたのか・・・」


「それがこんなことになってマジでクソ過ぎて腹立つわ。

これも世界が俺を不快にする為の嫌がらせなんかね。ふざけてるのはいつものことだけど今回のは度が過ぎてるわ。

もしかしたら俺は天海さんを巻き込んでしまったのかもしれねえ。だとしたら、本当に申し訳ねえわ・・・」


「は?何を言っているんだ?」


天海さんと神谷ユウキのセリフがシンクロした。2人共俺が言ったことを理解出来ねえみたいだ。

まあ良い、俺も誰かに分かってもらおうだとか信じてもらおうだとかなんてハナから期待してねえしな。

俺は気にせずに話を続ける。


「とにかく、天海さんを痛めつけるのはやめてくれよ。

どうせ天海さんも俺も戦果を挙げてないってことで後であの影にぶっ殺されるし、ここで殺す必要はねえだろ。

お前にとっても戦意のない奴と戦っても体力の無駄になるしな。だから頼むわ。」


俺は腰を90度曲げて頭を下げた。勿論俺は神谷ユウキは嫌いだがそんなくだらないことを気にしている場合ではない。


「君は勘違いをしている。戦いに乗っているのは僕ではなくて君の知り合いの天海という男の方だ!

この男は既に大勢の人々を虐殺している。この男の表情を見てみろ!

この男はたとえ手足をもがれようが目を潰されようが一人でも多く殺害してやろうという強い意志を持っている。

野放しにしておくのは危険だ。」


「なんだとッ・・・!そうなんですか?天海さん・・・一線を越えてしまったと言うんですか・・・?」


「その通りだ。筆木君は俺を軽蔑するか?まあ、当然だな。

だが俺はこの選択を後悔してはいない。たとえ誰にどう思われようが俺は生き残りたい・・・ただそれだけだ。」


俺の問いに天海さんは目を閉じて答えた。


「別に軽蔑なんてしていないですよ・・・悪いのは天海さんじゃありません。憎むべきはこのデスゲームですよ。」


「筆木君・・・」


「そこをどいてくれないか?君の知り合いを殺すつもりは無いから安心して。

僕だって不必要に人は殺したくない。

ただこれ以上の犠牲を出さないように身動きをとれないようにする必要があるんだ。」


神谷ユウキが俺の方向へ向かってくる。

ここはどくのが正解なんだろうが、俺は迷っていた。


天海さんがこのゲームに乗っていたこと・・・正直これに関しては薄々は感づいていたことだ。

ここら一体の影は天海さんが発生させたものだろう、おそらくはパラレルワールドの俺を殺したのも・・・

だが、これで俺が天海さんに悪感情を抱くということは無い。俺がさっき言ったことは噓偽り無い本心だ。

むしろ神谷ユウキにイラっときた。

やはりコイツは実在していようがなんだろうが週刊少年漫画の主人公だ。

デスゲームに巻き込まれってしまったからとは言って安易に殺し合いには乗らず、

人々を殺し回る者に遭遇すれば俺のように迷うことは一切無く立ち向かっていく。

パラレルワールドの自分を含めた人々を見殺しにした俺を嘲笑うかのように神谷ユウキは目の前に現れた。

これも世界の嫌がらせなのか・・・?実に不愉快だ・・・!この野郎、俺を否定しやがって・・・!

俺は拳を握りしめる。その時だった。


「何をしているんだ!危ない!」


神谷ユウキが声を張り上げて駆け出した。

それは一瞬のことだった。

ビルから飛び降りた若い女を神谷ユウキがキャッチしたのだ、普通であれば彼女も神谷ユウキも無事では済まないだろうけど、

これが神様の身体能力の為せる技なのか、どちらとも無傷であった。


「命を投げ出そうなんて何を馬鹿なことを考えているんだ!!!」


「だって・・・こんなことが起こってもう生きているなんて無理だもの・・・

パパもママも弟も皆殺された、フィアンセもそこのそっくりさんと話していたら影に襲われてそのまま・・・

私見ちゃった・・・もう立ち直れない・・・」


彼女は俺を指した。改めてみるとその顔はパラレルワールドの俺が見せてくれた写真で見たものであった。

なんということだ・・・

俺がパラレルワールドの俺を助けなかったせいで一人の人間に一生残る深い傷を負わせてしまったのか・・・

俺は彼女を見ることが出来なかった、顔を下げて涙を堪える。


「だからといって、それは間違っている!!!君の大切な人達がそれを望んでいるわけないじゃないか!!!

その人達の為にも君がするべきことは、生き残り、乗り越えて、この先の長い人生いつか来る幸せを享受することだ!!!」


「そんなの無理だよ・・・」


彼女は泣きじゃくる。

俺はついに溢れ出る涙を抑えきることが出来なくなり、そして神谷ユウキのほざく綺麗事に内心怒り狂っていた。


「無理な訳ないであろう。お前には健康な肉体があるじゃないか。

それをどんなに求めても手に入れることが叶わずに消えていった命がいくつあると思っている。

命を粗末にするなど二度とするんじゃない。」


天海さんも彼女を非難し始めた。天海さんもそっち側か・・・

この人はどちらかというと彼女を殺さないといけない側だから完全に自分の立場を忘れてるだろ。

まあ天海さんは病で苦しんできた立場だからその意見になるのも理解はできるんだが、

でも天海さんが言っていることってつまりは

『今日生きたくても、生きられなかった人がいる』ってことだろ。

チッ・・・俺の一番嫌いな言葉だわ。


彼女が生きることを望まなくなった一因は俺にもある。

俺はその責任を果たさなくてはいけない。


俺は一目散に彼女の元へ駆け寄って神谷ユウキを振り払う。

偶然にも一瞬の隙を上手くつくことが出来た、神谷ユウキは体勢を崩す。そして、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


ブンツ!


俺は叫びながら腕を振って手刀で彼女の首を切断した。

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