第8話「天海ケーゴ-1」
◇
思えばずっと奪われてきた人生だったと思う。
物心ついた頃から俺は病に蝕まれ入退院を繰り返しており、友達と外で遊ぶことも禁じられていた。
幼き日の俺はそれが嫌でたまらなかった。
俺の家は公園のすぐそばにあって嫌でも窓から遊ぶ同世代の人達が見えてくるから、
その様子が羨ましかったし、何より友達が欲しかった。
そんな思いで一度だけ勝手に部屋を抜け出して、仲間に入れてもらったことがある。
30分もしないうちに気を失って倒れて、両親や同世代の人達、色々な人に迷惑をかけてしまった・・・
その時俺は普通の人間のように求めることを世界に許されていないのだと思い知った。
小学校2年生の時に大きく体調を崩し、それから4年に及ぶ長い入院生活を送った。
心身共に苦しい期間であったが、楽しみもあった。
院内学級で初めての友達が出来たのだ。それも何人も。
その中には女の子もいた。笑顔の可愛らしい子で、その子とは一番仲が良かった。
無邪気に結婚の約束までしてしまったほどだ。
彼女は話のネタに困らないほど親戚が多くて、よく俺に色んな親戚の話を聞かせてくれた。
彼女の隣にいる時間は、俺にとってかけがえのないものだった。
「毎年、私の誕生日に親戚皆が集まるの。私はその日が1年の内で1番好き!」
俺はいつか彼女と外の世界で太陽の光が降り注ぐ中を2人で歩く日を夢見ていた。
・・・小学校5年生の夏、彼女が楽しみにしていた日まで後一か月というところで彼女は亡くなってしまった。
あんなに近くで目にした彼女の笑顔がもうこの世界に存在しないことを、俺は受け入れることが出来なかった。
俺は脇目も振らずに涙を流し、仲間達が俺を慰めてくれた。
そのうちの1人もその年の冬にこの世を去った。
俺は過ぎ去っていく時間を恨んだ。
あれから7年経った今、院内学級の仲間達とは連絡は取っていない。
当然今彼等が何をしているかも知らない。というか知りたくもない。そんな恐ろしいことは出来ない。
そして俺自身はというとは病状は好転せず相変わらず学校にもほとんど行けず、
自分自身に終わりの日が着実と迫っていることに怯えながら、友達のいない孤独な世界を生きている。
◇
俺は鏡に向かって、オールバックの髪型を整える。身なりを整えて少しでも周りに好印象を抱いてもらいたい。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「ああ母さん、今日は体調がすこぶる良いんだ。」
「それなら良いんだけど・・・でも無理はしないでね。」
「分かってるよ。それじゃあ行ってきます。」
靴を履きドアに手をかけ、俺は外へと踏み出した。
病と共に生きる俺は毎日が戦いだが、今日はより一層気を引き締める。
今日こそ俺はクラスで友達を作る。
ずっと奪われてきた人生だった・・・だけど、俺は負けたくない。
俺の大好きだった彼女は最期まで弱音を吐かなかった、
絶望の中でも目を塞がず、埋もれている小さな希望を見つけ出すのが得意な子だった。
俺は弱い人間だからそうはいかないけれど、でもそれでも彼女のように前に進んでいきたい。
例え少しずつでも・・・、地面を這ってでも・・・!
普通の人間のように求めることを世界に許されていないからなんだというんだ、
世界に何の権限がある。俺は最期まで抗ってやる!!!
◇
「綱田先生おはようございます。」
「おう天海。今日は来れたのか!困った時はすぐ言えよ。」
「はい、ありがとうございます。」
廊下でフレンドリーな態度の先生に遭遇する。この人が俺の担任の綱田先生だ。
担任に会うと自分が学校にいるという実感が強くなり、緊張も増していく。
2年A組のドアを開ける手が止まってしまった。
スーハー
このままでは邪魔になってしまう。
深呼吸をして覚悟を決めた俺は勢い良くドアを開いて、
そのまま呼吸を忘れて一目散に自分の席に座り込んだ。
俺は周りを見渡す、各々が仲の良い友達とつるんでいる。中には男女でイチャイチャしている者まで。
俺はクラス写真を頭に叩き込み彼ら全員の顔と名前を一致させている。
少しでも相手と距離と縮めたいの願うなら当然のことだろう。
・・・とか思いつつも俺は一向に彼らに話しかけるようなことをしようとしない。
何を躊躇しているんだ俺は・・・!
俺以外の人間が全員1歳下という空間は精神的ハードルが高いとでも言うのか!?
院内学級では俺より年下の友達なんて何人もいたじゃないか!!!
動け俺!話の種に困らないようにあれだけの漫画やアニメを視聴したじゃないか!
まああれはどうせ体調的に動けなくて何も出来ないから、時間を潰すためという名目の方が強いんだけれども!
・・・動かないか。
俺は本当にヘタレだな・・・これは今日もダメそうだ・・・
数少ないチャンスを毎回のように不意にしてしまう。
『負けたくない!』とか決意表明していたのは何だったのか。自分が情けない・・・
ふと、目線を移すと三方玲生君が内浦紅さんに胸を押し付けられている光景を目撃してしまった。
内浦さんは長身でスラリとしているが出るところはしっかりと出ているというナイスバディな体系だ。
三方君は坊主頭の爽やかな好青年だがここまでモテるとは、実に羨まけしからん。
「ねえ三方!その気持ち悪いニヤけ顔を見せてくるのをやめてくれない???
男子って本当に変態すぎるよね!!!」
そんな三方君を見て、仲丸ひまりさんが怒り出した。
どういうわけか仲丸さんは三方君に対する当たりが強く、いつも厳しい態度をとっている。
「それは誤解だよ、仲丸さん!別に僕は笑ってるわけじゃない。ほ、ほら内浦さんももう少しだけ離れて・・・」
「三方クンはもっと素直になりなよ!ツンデレなところもかわいいけどね。それならこれはどう?」
なっ!?内浦さんは胸を押し付けるだけに飽き足らず、三方君に抱き着いて頬をすり寄せた。
なんということだ・・・三方君、愛されすぎだ。
「ち、ちょっと内浦さん!!!やっぱり近いよ・・・頬がくっついてるなんて人と話す距離じゃない。
こんなの完全にカップルだよ、例え冗談だとしても好きでもない男にやるもんじゃないって。」
「もー、三方クンは鈍感だなあ。好きに決まってるじゃん。
私は三方クンとカップル以上になりたいよ。」
「おやめなさい。貴方、三方君が困ってるじゃない。
貴方みたいな自分の欲望を満たしたいだけの下品な女を三方君が好きになるわけないじゃない。
それを理解したなら、さっさと三方君から離れることね。このうんち浦。」
「フッ、うんち浦とはこれは傑作。
堅田さんはいつも淑女ぶってるのが鼻についていたたけど、これに関しては天才的だね。
少しだけ見直したよ。
うんち浦、君にお似合いなのは三方君の隣じゃなくてトイレさ。
ほら、さっさと故郷の便座に帰りなよ。」
「はあああああああ!?ねえキミ達ちょっと表に出ようか?今日という今日は許さないんだから!!!」
その場の女子2人が内浦さんを煽り立て、それに内浦さんがブチ切れた。
堅田雪恵さん、羽地朝顔さん、そして内浦紅さん、
この3人の女子は外から見て明確に分かるほどに三方君に好意を抱いている。
つまり彼女達は恋敵なので何かとつけていがみ合っているというわけだ。
でもその割には仲丸さん含めた4人でつるんでいることが多いから、正直彼女達は仲が良いのか悪いのかよく分からない。
「ちょっと、三方のせいで喧嘩になるじゃない!!!責任を持って今すぐに止めてよ!!!」
「えっ!?僕のせいなの!?いやまあ、もちろん止めるけど・・・
ほら、皆一旦落ち着いて・・・」
三方君が優しく彼女達を諭そうとすると
ドン!!!
教室の後ろから大きな音が響く。
振り返ると男子2人がお互いをにらみ合い一撃即発の空気となっていた。
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