第3話「筆木シズカ-3」
◇
悲しい時やムカつく時は不貞寝するに限る。
幸いにも俺は家からの最寄り駅が始発駅なので余裕で座ることが出来るから、
うっかり寝過ごさないようにスマホのアラームだけはセットしておいた上で、
アイマスクを付けて30分ほどの爆睡タイムに入る。
駅から出る頃には、二度寝によって頭はシャキッとしてるし不快な気分も少しは薄れてるし良いことづくめだ。
さて今日は月曜日、少年漫画雑誌である週刊少年ジャンクの発売日だ。
学校に行く前にコンビニに寄っておく必要があるな。
雑誌とジュースを買ったら今度は公園のベンチを占領する。
なかなか学校には行かない。行きたくねえからな。毎日遅刻ギリギリまで粘ってるのが俺の習慣だ。
「チッ・・・」
俺の嫌いな『ダークブレイカー』という漫画が大人気御礼のセンターカラーを貰っていた。
しかも2号連続でだ。こんなの発狂してしまうぜ。
嫌いと言いつつも俺は全ての連載漫画に目を通す主義なので一応この漫画も読み進める。
この漫画は王道的な対魔バトルでヒロインも可愛らしく、まあ人気が出るのか理解できるんだが、
俺はどうしてもこの漫画を好きになることが出来ない。その理由は、主人公が嫌いだからだ。
この漫画の主人公である神谷勇気君は世間的に見れば善人である、聖人と言っても差し支えないだろう。
普段は平凡で気弱な男子高校生ながら、人を助ける為に躊躇なく超常的な怪異に立ち向かうことが出来る。
ユウキという名に恥じない素晴らしい人間だ。
それが問題なんだ。その清廉潔白さが俺を苦しめる。
俺は元々正直少年漫画の主人公は苦手だ。どいつもこいつも俺みたいな弱い人間じゃないからな。
俺が主人公の立場なら戦いからは極力逃げ続けたいし、挫折したらもう二度と立ち直れない。
でももしそんな野郎が主人公だったら、その漫画はクソ漫画だ。数か月で打ち切りだろう。
そう考えると俺の存在自体が否定されてしまっているようで辛くなってしまう。
そうやって俺が少年漫画を見る度に蓄積されていた鬱憤が、
このユウキという主人公に触れてついに爆発してしまった。
今ではユウキの左右赤青のまっすぐなオッドアイを見るだけで雑誌を破り捨てたくなる。
「はあ・・・この野郎、今週も気に食わねえわ。
自分を馬鹿にしてきた奴が怪異に襲われて、一瞬も迷うこと無く助けに行きやがった。
これはマジで反吐が出るわ。同じ状況なら間違いなく見捨てる選択をする俺のことを悪だと嘲笑ってるのか!?
自分の敵の為にリスクを踏むとか出来る訳ないのは当然の事だろ。俺は認めんぞ・・・」
ユウキの活躍を見終わった俺はお口直しと言わんばかりに炭酸を一気に流し込む。
「プハー!」
ふと俺は後ろからの視線に気づく。
振り向くと小学校中学年くらいでジャージを着ている女のガキが俺のジャンクを覗き込んでいた。
「お前、勝手に何見てんだよ。」
「さーせんッ!!!」
ガキは俺の声に驚き勢い良く謝罪した。
「お前、これの内容が気になったのか?」
恐る恐るといった様子でガキは頷く。ふーん・・・興味あるのか・・・
あまりこの年齢の女子がジャンク読むとか聞いたことねえけどな。
全然知らんけど、近頃の女子小学生の間では流行ってんのか?
その辺ちょっと気になりはするが、まあさっさと会話は切り上げてこのガキは追っ払っておくか。
もし今誰かに見られたら俺が不審者扱いされて通報されてしまうかもしれねえしな。
「てか、お前学校行かなくていいのかよ?俺の学校はすぐそこにあるけど、お前こんな所で油売ってたら遅刻するぞ。」
「私、学校行ってない。」
「お前、不登校なのか・・・まあ今どき珍しくはねえか。行きたくなければ行かないのが正解だろ。」
俺は即座にこのガキのネガティブな話題を切り替えてやる。
「お前、これを読みたいなら、明日同じ時間にここに来たらやるわ。どうせ今日読み終わって捨てるもんだしな。」
「えっ!?マジ!?あざっす!」
「分かったら、俺が読むのを邪魔しないようにさっさとここから離れろ。
俺が読み終わらなかったらこの話は無しになるからな。」
「分かった!」
ガキはダッシュで走り去っていく。これで万事解決だな。読書タイムを再開しよう。
◇
楽しい時間は一瞬で終わり、ここからは地獄の始まりだ。俺は2年A組の教室で自分の席に座りうなだれる。
孤独だ・・・
俺の性格を知れば俺がクラス内カーストで最底辺に位置することは簡単に予測出来るだろう。
当然、陰キャグループにすら入れてもらえてないぜ。俗に言う無キャってやつだな。
まあ寂しくはあるけれど、俺のスタンスとしては無理に友達を作るつもりはない。
話を合わせる為に興味のない事にに興味を持った振りをしたりとか、そうやって演じることは辛いからな。
こっちが精神を削るほどの出資をしても、
相手にとってはいてもいなくてもいいどうでもいい奴という評価で終わることもザラにある。というかあった。
そんな訳で現在の俺におはようだなんて声をかけてくれる相手なんていない。
「おはよう、筆木君。」
いや、ゴメン嘘、おったわ。コイツ滅茶苦茶良い奴かよ~!!!
「お、おう、おはよう。」
クラスメイトの優しさに触れた嬉しさの余り、俺の声はやや裏返る。
俺みたいなクソモブに挨拶してくれた慈悲深いお方こと佐谷健汰君は非の打ち所がない好青年だ。
そのイケメンフェイスが最大限活きる微笑みを見せる佐谷君は
成績では毎回のように学年1位を取り、部活の空手では全国大会に出場するほどの腕前で、
文武両道という言葉を体現している。
はっきり言って俺みたいなゴミがこうやって言葉を交わすのもおこがましい。
「お、今日あの人いるじゃねえか。」
佐谷君のお陰で憂鬱な気持ちが少しだけ吹き飛び、周りを見渡す余裕が出来た俺はある人物の存在に気が付いた。
その人物とは天海敬悟という人で、この人も俺のクラスメイトであるのだが、
どうも重い病気を患っているらしく普段は学校を休みがちである。
そのせいで1年留年してしまっており、今年も留年濃厚だ・・・辛いな・・・
「今日は学校に来れたのか、体調が良いのかね・・・何とかここまま病気も治ったりしねえかな・・・」
天海さんは同じくクラスメイトの三方玲生君と何かを会話している。
三方君も佐谷君同様、才色兼備、容姿端麗だ。
ちなみにこのクラスというかこの学校は底辺高校で基本は俺みたいな問題児の劣等生ばっかなんだが
どういう訳か三方君や佐谷君みたいな完璧超人の優等生が混ざってるんだよな。
だから秀才組と一般生徒の協調性は全く無い。
まあ関わりも薄くていじめとかも無いから治安自体は悪くないほうだけど。
三方君はクラスの中でも随一の心優しい人間なので
天海さんが休んでいる間の授業ノート貸してあげたりしている等、何かと天海さんを助けている。
俺みたいなコミュ障にはまず出来ないことだわ。素晴らしい。
でか、俺の場合ノートなんて真面目にとってねえから貸すことすら出来ん。
三方君には俺も助けてもらってるわ。班分けで孤立した俺にお情けで救いの手を差し伸べてくれたりとかでな。
流石は正義のミカタだ・・・なんつってなw
キーンコーンカーンコーン
「さあお前ら今日も授業を頑張ろうな!」
担任の綱田英吾先生が入ってくる。20代半ばぐらいの若い体育教師だ。
屈強な肉体で一部の生徒からはゴリツナと呼ばれている。
俺はこの先生のこと自体は優しいのでまあ好きな部類に入るのだが、
学校での辛い1日が始まるってことを突き付けられるので再び気分は落ち込む。
「今日も心を痛めなければいかないのか・・・」
世界一やる気の無い起立礼着席を披露した俺は現実を受け入れたくないあまり目を閉じる。
「えっ・・・!?」
そして次に目を開いた瞬間、俺のこれまでの日常は終わりを告げた。
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