第2話「筆木シズカ-2」



朝っぱらから俺の心は傷つけられ、俺は逃げ出すように部屋に引きこもる。

今の俺にはこうしているのが一番落ち着くからな。

インターネットを開いて、電子の海に体を漂わせるのが至高の時間だ。

ネット掲示板を覗いてみると、とあるメジャーリーガーの話題で賑わっていた。


「うおお!マジかよ!?やっべえな!」


俺はそれを見て思わず声を上げる。

野球観戦は俺も好きだ。アニメオタクである俺は一つの物語という感覚で野球を見ている。

選手や指導者といった一人一人の登場人物に緻密なバックグラウンドが作りこまれている群像劇。

楽しめない訳が無いだろう。

『野球中継の延長のせいでアニメの放送が潰れたから野球は嫌い!』とか言ってる奴も、

気持ちは分かるけど簡単に切り捨てるのは勿体無いんじゃねえかなと俺は思う。

まあ、ゴミみたいなクズが何の報いを受けることなくのさばってることもあるのが、

ノンフィクションならではのことでそれは滅茶苦茶イライラするんだけどな。

でもそれはおいといて、この話題になってるメジャーリーガーこと風我能は

この野球というストーリーで主人公を張っているんじゃないかと思わせる活躍を見せている男だ。

風我アタウは球界のエースとしてチームの連覇を置き土産にメジャーリーグに挑戦し、

今年はその1年目だった訳だが、本場の一流選手達相手に引けを取らずにメジャーの舞台でもトップ投手として君臨した。

本日の最終登板までに日本人最多となる19勝、防御率2.02という圧倒的な成績を残し、

この時点でも投手史上最高名誉であるサイヤング賞の受賞は余裕で確定的だった訳だけど、

風我はここでは終わらなかった。

なんと俺がスヤスヤ寝ている間に完全試合を達成してしまったのだ!

この試合で20勝という大台に乗せ、防御率は脅威の1.93・・・

マジでえぐ過ぎるだろ。こんな日本人が出てくるだなんて夢にも思わなかったぜ。

掲示板のスレッドには風我に対する賞賛と畏怖の言葉で埋め尽くされている。


「シズカ!そろそろ出ないといけない時間よ!」


俺が次はネットニュースのコメント欄でも見るかと思った瞬間、母親の声が響いた。

まだネットを初めて3分ぐらいしか経っていないだろと思って時計を見るともう15分経過していた。


「チッ・・・クソが・・・」


ここでも嫌がらせが発動した。未観測だった時計の数値が12分も水増しされて書き換えられている。

クソが・・動画サイトで実際のピッチングとかも見たかったのに。


「痛ってえ!!!」


俺は慌ててズボンを履こうとするも滑って派手にすっころんでしまった。


「・・・くない!!!」


俺は強がりを叫ぶ。痛いと思ってしまうと余計痛く感じそうだし、

なにより俺が悲しむ姿を世界に見せて面白がらせる訳にはいかねえからな。



「今日はマジで俺調子悪すぎるな・・・」


駅に向かう俺はふと声に出る。俺の身にロクな事が起こらないのは普段通りだが今日は特に酷い。

気持ちがかなり沈んでしまう・・・いかんいかん、こんなときこそプラス思考だ。

あれだ、父親は今日から出張だからな。しばらくは俺が恐怖に怯えることは無く悠々自適に過ごせる。

喜びの始まりじゃねえか。そうだそうだ。

てか、いっそのことこのまま事故死とかしてくれねえかな。

もしそうなれば、俺は父親の死が滅茶苦茶ショックだったことにして、大義名分をもって引きこもりのニートになれる。

やっぱ俺の不幸って社会との接触を起因として発生するからな。

部屋に籠ってインターネットしたり、アニメとか野球見るのが一番平和に過ごせる。


「はあ・・・」


・・・なんてことを考え出すなんて、俺家族嫌いすぎだろ。

でもまあ、俺が好きになるような両親じゃなくて良かったなとは思う。

俺は何の取り柄の無いクズ野郎だから良い人達の子供に産まれてしまったら、申し訳無さすぎる。

だからと言って、奴らと暮らすのもそろそろ精神的に限界だ・・・

やっぱ一人暮らしとかしたほうがいいのかね。

毎日両親には不快な思いをさせられ続けてるから、父親のATMとしての機能、母親の家政婦としての機能を搾取して、

何とか元を取りたいという思いで家に居続けてるけど、それは諦めたほうがいいのかもしれねえな。

目先の利益に囚われすぎて大局を見失ってるだろ。

でも俺みたいな無能に一人暮らしなんんて出来るのかという課題がここに出てくる。

家事は頑張ればいいけど問題は資金だ。

将来的に考えても自分で稼いでいくしかない訳だけど、俺みたいな学校でも問題児として目を付けられてるやつが、

社会でやっていくなんて無理に決まってるんだよな・・・


「はあ・・・大人になんてなりたくねえよ・・・」


クッソー憂鬱だ・・・いつの間にかマイナス思考になってやがる。

俺がネガティブな考えを展開しているといきなりクラクションの音が響いた。


「馬鹿野郎!!!ひき殺されてのか!!!」


運転手が怒鳴り声を吐き捨てて、トラックが去っていく。俺は呆然として、その場にしばらく佇み、そして


「は!?ざっっけんな!!!ボケ!!!!!!!!!!」


俺は今日一番の大声を上げた。

いやガチでこれは殺意高すぎだろ・・・

信号は青だったのにも関わらず、俺がふと目を離した隙に世界が赤に書き換えやがった!!!


「くそがああああああああああ!!!一体どこまで俺を陥れれば気が済むんだよお!!!」


俺の声に反応して大勢の人間がこちらに視線を向ける。

見られている。ヤバい人間だと誤解されてしまっている。だがそんなことはどうでもいい。

俺は心の中に溜め込んだ感情を剝き出しにする。それと一緒に涙まで出てきてしまった。


「・・・俺は多くを求めてはいない。

ただ何も起こらない穏やかな時間を心を真っ平にして過ごしたいだけだ!!!

なのにどうして世界はこんな事すら許してくれねえんだよお!!!

確かに俺はクズ人間だけど警察の世話になるような真似だけはしてこなかったじゃねえか!!!」


・・・そろそろ自殺について真面目に考えないといけねえな。

そりゃあ痛みも苦しみも嫌ではあるが、

それらから逃げていては心を痛め続けるだけだってことはもうとっくに思い知らされている。

だけどこれには懸念事項があって、実行にはまだ迷いがある。

それが何なのかというと世界が俺をどうしたいのかということだ。

世界が俺を死に追いやりたいだけなら、俺が死にさえすればそこで全てが終わって苦しみの日々から解放される。

だがしかし、もし世界が俺に死を許さずただひたすらに苦痛を与え続けたいだけなら、はっきり言って絶望的だ。

まず俺は自殺するとすれば電車に飛び込もうと思ってるんだわ。

ワンチャン鉄道会社が容赦しなければ親に賠償金なすりつけられるしな。

ただこれはちょっと危険すぎる。

インターネットで調べたところ、この事例による生還例がいくつもあったからな。

つまり助かる余地があるってことだから、もし世界が俺を生き地獄を与えたいのならこの隙を付けば良いって訳だ。

しかも、俺が知った生還例は全て手足がもげてるからな。こんなの絶対俺は世界に達磨にされるじゃねえか。

これは差別的かもしれんが絶対に嫌すぎる。誰に何と言われようが嫌なもんは嫌だ。

嫌じゃないなんて嫌でも言いたくないから、もう俺は嫌われ者で良いわ。

クソが・・・救命医もいらんことするんじゃねえよ・・・

お前ら忙しいんだからサボれるちょうどいいチャンスねえかよ・・・

お前らは死にゆく俺を横目にお昼寝するなり、

お菓子並べて優雅にティータイムしとけばいいんだよ・・・全く・・・

クッソー・・・俺が医者だったら自殺志願者なんていくらでも死なせてやるのに・・・

医学部に入学した頭の良いエリートが俺らの気持ちなんて理解出来ねえだろうな。

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