EP2:彼と私の24年間

 今日、近所のスーパーマーケットが閉店した。


 私は24歳、彼も24歳らしい。


 午後、母と共に最後の買い物に行くために自転車に乗った。


 最後の信号を渡る前、私と母は少し道を逸れて自転車を止めて、スーパーマーケットの写真を撮った。


 建物のロゴマークと看板が一番綺麗に映る場所で、私達は今までの当たり前を写真にして残した。


 店内が混んでいることは、ガラス張りのフードコートからよく見えた。


 フードコートが満席だったこと、テナントではないスーパーマーケットオリジナルの店は長蛇の列を成していたこと、カートを押そうにも人混みで歩きづらくなっていたことは、この店は今日で本当に終わるのだと知らされているような気がした。


 最終日の今日が混んでいることは想定出来たので、前日に買い物を済ませていたが、昨日見たはずの惣菜も、買い溜めした調味料も、冷凍食品も、最後だと見せつけられると目を向けて手を差し出さずにはいられなかった。


 いつもより若干少ないカゴの中、私達はレジに並んだ。


 レジ打ちの天才おばさまの元に行きたかったが見当たらずNo.2の元に向かうと、スーツを着た女性に「こちらのレジも空いていますのでご利用下さい」とカートを引っ張られそうになった。


 私達は必死に「大丈夫です」と抵抗して並び続けた。


 私達はここに24年いて、思いを馳せるために今日ここにいるのであって、早く買い物を済ませたい訳ではない。


 ずっと本部にいたであろう社員の方にそれを理解することは出来るまい。


 私達はレジ打ちを終わらせた後従業員のパートの方にお礼を言ってサッカ台に移動した。




 私達は一度帰宅し、閉店少し前に店の玄関に来ていた。


 店長が閉店の挨拶を行なうので、それを観に行くためだ。


 私は見くびっていたので、そんなに早く行かなくても見れると高を括っていた。


 私は正直「閉店する」という言葉だけで実感が湧いていなかったのかもしれない。


 もう買えなくなるからと慣れない買い溜めをしたり、意味もなく店内を何周もする母親の心理を理解していなかった。


 無くなったらそれまでだと考えていた。


 店長の挨拶には、近所の住民が全員集まったのではないかと思うくらい人が訪れて、駐車場が人だかりになった。


 私達はスピーチ台後方最前列から、店長と後ろに並ぶ従業員を見つめていた。


 店長の熱いスピーチ、最初は体育館で夏休み前の校長先生の話を聞く中学生のように退屈さを出しながら見ていたが、これは夏休み前でも、これから夏休みを迎えて数日経ったら戻って来る景色でもなく、全てが最後なんだと思い知らされる。


 既に割り切っていたと思っていた感情が溢れて、ただの近所のスーパーマーケットの閉店のためだけに塗ったマスカラに涙の粒が乗っかった。




 シャッターを閉める準備をしながら、シャッターの前にマイクを置いた。


 某アイドルがアイドルを辞める時と同じだ、と思いながら、普通の女の子ならぬ、普通の国民に戻りますと言われている気分だった。


 寂しそうなマイクを客全員が見つめる。


 シャッターが閉まる。


「ありがとうございました」と深く頭を下げる従業員と「ありがとう」と大声をあげて盛大な拍手を送る私達客。


 ここは本当に終わってしまうのだと、人々の悲しみが目に見えるように分かった。


 私と彼の24年間は、今日で幕を閉じたのだった。


 母と自転車で帰った私の目には、もう涙は残っていなかった。


 涙を堪えて引っ込めて、目の奥に戻したからである。


 だが、この涙はどこへ行くのだろう。


 この涙の意味はどこに向かうのだろう。


 私が涙を流したのは、私が彼との24年間を思い出したからだろう。


 小学生の時、初めておつかいをしたのはこのスーパーマーケットだった。


 中学生の時、友達とクリスマスパーティーをするために大量に買い物をしたのはこのスーパーマーケットだった。


 高校生の時、高校の友達とフードコートでポテトを食べながら過ごしたのはこのスーパーマーケットだった。


 大学生の時、4年間アルバイトをしたのはこのスーパーマーケットだった。


 社会人になって、近くにあるのに遠くに見えたのはこのスーパーマーケットだった。


 そして今、自由に行けるようになったこのスーパーマーケットが、今日閉店した。


 私は彼という存在がいなくても成長出来たのかもしれない。


 違うスーパーマーケットや、違う施設として佇んでいても同じように利用していたと思うし、「彼だから」「彼が私の全てだ」という考えにはならない。


 だが私は、彼と生きていて、それは紛れもない事実なのである。


 私が家を出ればすぐに見えるこのスーパーマーケットは、私が生きてきた証でもある。



 写真と動画を母に送り、随分と古くなった外装を見つめる。


 私が子供の頃は、もっと綺麗なパステルカラーだっただろうか、そんなこと何も覚えていない。


 彼の古びた外装と、成長した私は似ている。


 これからの町の発展を願って、閉店した彼に感謝を伝えたい。


 今まで一緒に生きてくれてありがとう。

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