第7話…国への帰還


 グランディス帝国には、各都市通じて至る所に映像を映し出す液晶型魔導具が設置されており、その画面には様々な映像が映し出されていた。

 そしてそれに付属するようにして、四つのスピーカーの取り付けられた放送型魔導具と設置されている。


『ハァーイ皆さん!何時もよろしくメイビィーちゃんデェエエスッ!今日から国を挙げてのチョー大規模フェスティバルの幕開けだァああッ!みんな頼んしでこうぜぇえええッ!!』


 そこからは常に可愛らしい声でラジオのように楽しげな放送が流れ続けていた。それと同時に様々な映像が流れていた液晶には、メイビィーと名乗った可愛らしい少女?が映っていた。


「なぁ知ってっか?メイビィーちゃん恋人できたらしいぜ?」

「嘘だろおい?!俺の初恋終わったぁあああッ」


「ねぇぱぱ!あのお人形さん欲しい!」

「よーし任せろ」


「さぁーコカトリスの串焼きだよー!」

「三本くださーい!」

「はいまいどー!」


「今日で皇帝陛下が五百年か、そろそろお姿を拝見したいものだ」

「そうねぇ。やっぱり私たち世代的には皇帝陛下がいないとこのお祝いも足りないものがあるものね」


 このように祭り特有の賑わいを見せている此処グランディス帝国では現在、建国記念日を祝して盛大な祭りが開かれていた。

 その活気凄まじく、数多くの露店などが建ち並び、建物などにも帝国を象徴するような装飾や鮮やかな物で飾られていた。


 そして今回の祭りは、建国記念とグレイプニル皇帝の帰還を際してなのだが…国民たちは誰一人としてグレイプニルが帰還する事を知らずにいる。

 その理由は突然の混乱を招かない為と、グレイプニル本人が早々の公表を望んでいない可能性を考慮してだ。



 そしてそんなグレイプニルは――




 ▼


「ふむ、この辺りで良いか」


 モルデリカ嬢らと別れた後、黒騎士を戻しヴァレウスと共に都市から離れた森の奥地へとやってきていた。

 ここまで来ればまず勘づかれる事は無い…それが厄介な輩でなければだがな。


「随分と、舐めた事をしてくれたのぉ。化け物共が」


 音も無く突如として聞こえて来た幼い少女の声。ヴァレウスと共に背後へと目を向ければ、そこには人化を用いて人の姿となった守護竜本人が立っていた。

 矢張りと言うべき彼女には気付かれてしまったか。流石に結界内にて魔術を使用すればバレるか。


「ワシの守護領域で時止めとは…喧嘩でも売っておるのか?」


「あいやすまぬな。私情により俺がヴァレウスに頼んだ事だ」


 事実であるとは言え、自身の守護する国にて魔術を使用した事への怒りは変わらぬ故か、守護竜の目付きが元より更に鋭くなる。


「…そうか。貴様も随分と久しいものじゃのぉ、魔術王」


「そうじゃな。されども良いのか?国を護るべき竜がこのような場所にいても…お主がおらなんだらこの国なぞ」


 ヴァレウスはお遊び程度に圧をかけるように魔力を放出する。


「だからこそじゃろうて。貴様らがルージアス王国の一都市内で魔術を使用した、それ以外に理由は要らぬ。敵対戦力、生物もおらぬのにだ。それは最早千年に渡るワシと貴様らの間に交わされた契約に違反しておる」


 彼女の言う事は最もだ。

 今より如何程前だったか、俺が帝国を築きArkNOVAの世界に於いて百年と少しの年月が経った頃、依然として同盟を結ばずにいたさなか、最初に同盟を結んだのがこのルージアス王国であった。


 そして同盟の契約内容の中には、敵対戦力又は危険的存在と敵対しない限り、皇帝グレイプニル・ガリア・グランディスを初めとした“五爵王”・“三公”などの破滅的驚異を持つ者たちによる魔法や魔術師等の使用を禁ずるとあった。


 だが今回俺はそれを破ってしまった。彼女が怒りを見せるのも致し方のない事だ。


「全くもってお主は心狭き竜よ。儂らは一切として攻撃系統の魔術・魔法を使用しておらぬと言うのに、何故それ程までに怒りを見せる?」


 だがヴァレウスはそこまで怒るのはお門違いとばかりに、煽る言葉と表情を守護竜へと向ける。

 当然これには守護竜もさらなる怒りを見せる。


「…悪いが…今のワシに余裕は無い」


 ――バギッ


「……」


 突如、ヴァレウスが常に張っている防御魔術全体に大きなヒビができる。

 その光景は何も知らぬ者から見れば守護竜の何らかの攻撃に思えたが、それは全くの勘違いであり今のは単なる殺意のようなものだ。


「ヴァレウス、今回は俺たちに非がある」


「陛下が仰るのであれば。守護竜よ、喧嘩を売るような真似をしてすまなんだ」


「…いや、ワシも気が立っていた故な…お互い様という事にしておこう」


 守護竜はそう言うと溢れんばかりの殺意をしまい込む。どうやらヴァレウスの謝罪は受け取って貰えたようだ。


「それにしても何故そこまで気が立っているのだ?モルデリカ嬢は魔王が関係していると言っていたが、もしやそうなのか?」


「…」


 俺のその問いに対して、守護竜は些か苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

 だが様子からして魔王が原因そのものという訳ではなさそうだ。なんからの要因になったのが魔王であり、今緊張状態にあるのは魔王とは別の何かの存在か。


「…猫じゃ」


「猫じゃと?」


「ふむ…」


 猫か…当然通常の猫で無いのは確かだ。そうなれば魔物、もしくは悪魔に属する存在となってくる訳なのだが…猫、猫か。何か居ただろうか――


「嗚呼もしや、“血に住みし猫”か?」


「…そうじゃ」


 どうやら俺の予想は当たったらしく、守護竜は歯をかみ締め血が垂れるほどに拳を握りしめている。


「陛下、それはあり得ませぬ。ソレはとうの昔に陛下ご自身が核と共に破壊したではありませぬか」


「であれば、アレはそうやすやすと滅ぼせる存在では無いという事だ」


 ――血に住みし猫。

 嘗て、ArkNOVAの世界に於いて一万年以上前から存在したとされる厄災の一つ。脅威度は“得域”の中でも最上位に位置している。

 その強さの所以は名の通り、血に住む存在であり、この世に血が一滴でもあればそこから蘇る事が出来る。

 更に血による攻撃は掠るだけでも致命傷とされている。

 唯一弱点とされる核でさえも並の強度ではなく、“第一界域魔法”を数十当てたところで破壊はできない程だ。


 そんな存在を俺は討伐した…筈であったのだがな。どうやら失敗に終わったようだ。

 数多くの装備とアイテムを消費してようやく盗伐する事ができた化け物がもう一度どとは…中々に面白い話であるな。


「よし。ヴァレウス、帰国し次第“龍王”の封印を解き猫を討伐しに行くとしよう。勿論、俺が居なくなってしまった理由わけを説明した後にな」


「ですが些か危険では」


「なに、今回はお前達にも手を借りるさ」


 以前アレを討伐したのは俺一人によるもの。

 その理由はまだその頃にはNPCが蘇るとは知らなかったが故だ。もしも蘇らなければ多大な損害となる。

 それを危惧し俺一人で討伐したが、今回は違う。確実に蘇生できる手段を持っている。

 なれば総戦力を持って叩けば勝てるだろう。


「守護竜マルフィリア。今回の非礼はソレの討伐という事で詫びよう」


「…良いのか?」


「当然だとも。お前には以前より世話になっているのでな。それも兼ねてだ」


「ッ〜〜ッ!感謝するッ!ワシではどうしようも出来ず困っておったのじゃ!」


 マルフィリア守護竜は先程と打って代わり暗い表情から希望の見えた明るいものへと変わった。

 彼女は消して弱い訳ではなく、寧ろ強者の部類それもかなり上に部類する。だが血に住みし猫とは些か相性が悪過ぎる。

 俺の記憶が正しければ、血に住みし猫の操る血には魔力を分散する効果と重視気を粉々に掻き消すものが含まれていた筈…ともなれば結界を第一とする彼女にとっては最悪の相手だ。

 今まで手の出しようがなく気が立つのも理解のできる事だ。


「さて、俺は今度こそ国へ帰るとする」


「うむ!気をつけて帰るのじゃぞ!」


 そう言うと、マルフィリア守護竜はモヤのように姿を消した。


「では陛下、転移先は皇城の玉座の間にてお願いいたしまする」


「あいわかった。ヴァレウスは先に行って構わぬぞ」


「ハッ!」


 俺がそう言うとヴァレウスは魔術を使用し転移する。俺もそれに続くように魔法にて皇城の会議室へ繋がる転移を発動する。


 はてさて皆は俺をどのように迎えるのだろうか。怒るものは居るであろうな。もしかしたら泣いてくれる者が居るやもしれんか…であれば苦しみは酷いものであっただろう。

 …そうであるな、アグスウェルの封印を解いた途端心配させ過ぎだと殴られるやもしれん。アレの拳は痛いからな、覚悟せねばな。


「さて、行くとするか」


 転移の魔法を完全に発動すれば、一瞬にして目の前ガ純白の清光へと包まれる。




 ▼


「…ふむ、矢張り距離がある故に頭がクラつくな」


 転移魔法の影響により、視界にチカチカとした光が映る。されど暫くすればそれも落ち着き、視界が鮮明になる。

 周囲を見渡し視界に映ったのは無駄に広い玉座の間と、俺に対して跪き頭を垂れる古きから俺に使える大勢の者達の姿であった。

 俺はそんな彼らを見下ろす形でいるが、それは地面より八mほど高い壇上の上に玉座が配置されているからだ。


 そしてヴァレウスを先頭に、後ろに続くようにして跪く家臣たち。その中には身体を震わせている者も大勢いる。

 果たしてそれは怒りからか俺が帰還したという喜びからか…我儘であろうが、今は後者で捉えたいものだ。


「…五百年ぶりか…皆、俺に顔を見せてはくれまいか?」


「「「ッッ」」」


 俺の言葉に、皆が一斉に顔を上げ俺へと向く。誰か一人でも俺に怒りの表情を向けるであろうてかそう思い皆の顔を見やると、そこに怒りなどと言うもの無かった。

 だが代わりにその顔はくしゃくしゃに歪み、止まらぬ雨のように涙を流す者が大半で埋めつくされている。


 嗚呼、こうして見ればなんとも…俺は随分と恵まれているらしい。


「…五百年間の不在、お前たちには多大なる苦労を強いたであろう。済まなかった、そして国を維持し護り導き続けてくれたこと、心の底より感謝する。ありがとう」


 皇帝ともあろうものがその頭を易々と下げるものでは無いと思う者もいるであろうが、彼ら彼女らに悲痛な思いをさせ苦労させたて来た事に変わりはない。

 そしてそれに謝罪と感謝を伝えるのは立場など関係無く、人として当然のことだ。


「グレイプニル・ガリア・グランディス皇帝陛下ッ!」


「!」


 ヴァレウスが玉座の間全体響き渡る声量を持って、俺の名を声高々に叫ぶ。


「永きに渡る旅からの御帰還ッ!我ら一同心より嬉しく思いますればッ!どうか謝罪の言葉ではなくただ一言!昔のように“ただいま”と、それだけを…」


「…ふふ…ははははははッ」


 全くもって俺は頭の悪い事か、謝罪する事ばかりを考え本来皆の求める言葉を言わずにいたとは…俺は随分と酷い皇であるな。

 だがそれであっても皆は俺を未だに慕ってくれている。であれば今度こそ最期のその時まで共に生きねばならん。


「…あぁ、ただいま」


「「「お帰りなさいませッ!皇帝陛下ッ!」」」






 ―――――――――――

 作者です。

 正直もう暫く国には帰らせない予定だったのですが、流石にそれは頭いかれてんだろと思い帰しました。

 その為五爵王や他の人物に関する深堀は後ほどのお話でとなります。

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