第6話…魔術王の迎え・モルデリカ達との別れ


「この“魔術王ヴァレウス・ルーズレイフ”ッ!お迎えに参りましたッ!」


――魔術王ヴァレウス・ルーズレイフ。

 五爵王次席を務める男であり、七千年以上を生きその全てを魔術に注ぎ込んだ怪物。

 その生まれながらの才と探究心により孤独になりながらも、周囲からの畏怖と尊敬から最高峰の魔術師としての地位を手にした。

 そして最古の魔人と呼ばれる存在の一人でもある。


 話はグレイプニルが都市カイザルに着き、領主の館に向かっている最中へと遡る。





 その日、ヴァレウスは何時もと変わらぬ業務を熟していた。

 とは言え主な業務は皇帝であるグレイプニルの探索のみとも言える。

 国益などに関しては、この地にいる強力な魔物や優秀な魔導技師などによって賄う事ができるが故に危惧する程の問題は無い。

 そして今日もまた、我らが皇帝は見つからぬと落胆し、広々とした部屋に飾られた一枚の絵画の前に立っていた。

 そこに描かれているのは嘗ての皇帝の姿。


「…皇帝陛下…今日で丁度、五百年の時が過ぎ去ってしまい申した…」


 ヴァレウスから吐き出される声には力が無く、随分と疲れ切ったものであった。

 魔人と言う長命な種族、その中でも最古の魔人は最盛期の状態以降歳を取り死ぬ事は無くなり、時間感覚に大きなズレが生じると言う。

 それで居ても矢張り、己が主の居ない五百年と言う時は、心の奥底に棘が刺さったような痛みを感じ続ける。


「よう爺様。また此処にいやがったのか…さっき神聖国で――」


「分かっておる。あの愚か共が異界から勇者でも呼んだのであろう?」


「まぁな……なぁ爺様よ。勇者召喚するみてぇに、皇帝陛下も…」


「無理じゃ。そのような事、とうの昔にアグスウェルと共に行った」


 そう、既にヴァレウスのみならず五爵王やそのほかの者達に手を借り、尽くせるだけの手段を使い皇帝を躍起になって探した。その中には勇者召喚のようなものも含まれていた。

 だがそれらは全て失敗に終わり、今はただ認め切れずに居るが故に捜索を続けている。


「んでそのアグスウェルの旦那は封印状態…表上“五爵王”は連携を取ってるとはなっちゃいるが、実際はバラバラも同然だろ?」


 雷公と呼ばれた男の言う通り現状、五爵王は上手く連携を取れていない。

 と言うよりも、各々の感情の中で矢張り何処か皇帝の居ない国に対して意味を見いだせずにいる。

 中でも皇帝を父のように慕っていた一人は心を病み、自身の管理する都市の本殿に閉じこもっている。


「…なに、心配せずともこの国は……」


 ――カランッ


 突如、ヴァレウスの手から杖が地面へと転がり落ちる。その乾いた音は部屋全体に響き渡った。


「ッ!おい爺様どうした?!まさかガチでガタがきやがったのか?!」


「……じゃ…」


 ヴァレウスの口から微かながらに声が零れる。だが小さすぎる所為で殆ど聞こえず、男は何処か痛いのかと大声で聞いた。

 だがヴァレウスの口から出た言葉は――


「…陛下の魔力じゃ…」


「…なに?」


 と言う驚きの発言であった。

 なんとグレイプニルの発動した“第一界域魔法”の魔力波が、“守護竜”の結界の影響で時間差により今この時ヴァレウスへと届いたのだ。


「雷公よ。儂は今すぐ陛下の元へ――」


「待て待て待ってくれよ爺様…陛下の魔力?勘違いじゃねぇのか?五百年も経ってりゃ同じ魔力を感じる事もあんだろ」


 だがヴァレウスの発言に対して、流石に信用ならないとばかりに雷公が反応する。確かに五百年と言う長い時が経過していれば、グレイプニル同様の魔力が存在してもおかしくは無い。

 しかし――


「有り得んッ!陛下の魔力は特別製じゃ。儂が間違えることなぞ断じてないッ」


「ッ」


 先程の少し弱った姿とは打って変わり、そこには嘗て皇帝陛下と共に過ごしたであろう覇気のあるヴァレウスの姿であった。

 その迫力に雷公は一歩後ずさった。


「…わァったよ。けどほかの五爵王に連絡した方がいいんじゃねぇか?」


「…そうじゃな。直ぐさま会議室へ呼び集めるんじゃ」


「了解」


 ヴァレウスに指示された雷公は、窓を開けると地響きが怒るほどの荒々しい雷へと変わり一瞬にして姿を消した。


「…陛下。今お迎えに参りまする」


 その言葉を呟くとヴァレウスもまた、部屋を後にし会議室へと向かった。





 時刻は経過しグレイプニルが領主邸を訪れ守護竜と会話を始えた頃となり、此処グランディス帝国の会議室には五爵王を初めとし“三公”と呼ばれる者とほか貴族らが集結していた。

 突然の招集にこうも素早く集結する事が出来たのは、各都市に転移装置が設置されているからだ。


 とは言え彼ら彼女らはなぜ招集されたのかの理由わけを聞かされていない。


「それでお話とは一体?」


 最初に声を上げたのはあの日、皇が死んだと発言した男、“起源王”であった。それに対しヴァレウスは先程自身が感じ取った皇帝の魔力と、現在何処に居るのかを語り聞かせた。

 されど当然その言葉を信じられない者もいる。


「…それは真実であり、偽りは無いのですね?」


 そう投げかけたのは五爵王の一人、“聖鏡王”を冠する異人種の女だ。


「儂が陛下の魔力を間違える訳が無い」


「「「……」」」


 皇帝が消えるより以前、ヴァレウスは最も近くで彼の扱う魔法を見てきた。そしてその魔力をその身に浴びて来た。

 故にだろう、それを知るこの場の者達は誰一人としてそれに反論する事が出来なかった。


「であればワタクシがお迎えに」


「いえ此処は私が…嘗て陛下を信じずに死んだなどと発言した事への不敬、陛下に謝罪し即刻首を切り落としますので」


「オレはお嬢に行かせるべきだと思うぜ?一番悲しんでんのはあの方だろ」


 その後も各々が行くと発言をして行くが、ヴァレウスがパンッ!と強く手を鳴らし場を静まらせる。


「…儂が行く。お主らでは時間が掛かるであろう。儂ならば一秒と掛からん」


「それではアグスウェルの封印はどうするのです?」


 現在“龍王アグスウェル・エルデヴァス”は城で最も厳重な地下収容所、その更に深い場所にてヴァレウスの手によって封印維持がされている。

 あくまで可能性でしかないが、ヴァレウスが国を離れた場合アグスウェルの封印が解けるやもしれない。

 聖鏡王はそれを危惧しているのだ。


「何ひとつとしても問題は無い。儂が暫し不在になったところで封印は綻びは出ぬ…頼む、儂に行かせてはくれんか」


「「「ッ!」」」


 ヴァレウスが椅子から立ち上がりみなの前で深々と頭を下げる。その行為にこの場にいる者たち皆が驚いた。

 何せヴァレウス・ルーズレイフはアグスウェル同様グレイプニルに使える古株、その付き合いは千年近くに及ぶのだ。

 当然グランディス帝国に於いては重鎮も重鎮。同じ立場である五爵王であっても意見するのが難しい存在。

 そんな人物が深々と頭を下げて頼み込んで来る。これを無下に出来る者は一人として居なかった。


「…皆の者、感謝する」


 そうしてその後会議の内容は皇帝を迎え入れる為の準備や何やらの議題へと変わり、それが終わるや否やヴァレウスは直ぐさま超長距離転移の魔術を発動しグレイプニルの元へと向かった。





――そして場面は戻る。


「この魔術王ヴァレウス・ルーズレイフッ!お迎えに参りましたッ!」


 片膝を着きそう名乗りをあげる魔術王の声は歓喜に満ちていた。だが僅かに見えたその顔は、酷く疲れきったものをしていた。

 俺が不在としていたこの五百年と言う時間は、ヴァレウスらにどれ程の苦労と苦悩を与えてしまったであろう。

 されど俺はそのような事を深くも考えず身体が自由に動くようになったからと言って呑気に旅などと…。


「あぁ、良く来てくれた。五百年の不在、多大なる迷惑をかけたであろう。本当に済まなかった」


 俺はヴァレウスに対して深々と頭を下げる。正直、この程度で許してくれるとは思ってはいない。

 何発殴られようが罵詈雑言を投げられようが正面から受け止める覚悟――


「…何をおっしゃいまするか…陛下には陛下の事情がございましたのでしょう…そのように謝罪をするのではなく我らはただ、貴方様に帰ってきて欲しいだけなのです…」


「ヴァレウス…」


 そう言う声は僅かに震えていた。

 俺はそんなヴァレウスの目の前へと進み、片膝を着き目線を合わせる。


「随分と、辛い思いをさせてしまったようだ…だが安心してほしい。この先俺は、消してお前たちの前から消えたりはせぬよ」


「ッ!ふぐっ…ぬぉおおおおっっ!!!」


 ヴァレウスは最早溢れ出る感情の波に流され、崩れ落ちるように声をあげながら涙を零した。俺はそんなヴァレウスの隣へと座り、曲がったその背を優しく摩る。

 その背には機械に繋がれていたゲームの時とは違い、確かな温もりと感触があった。



 暫くして落ち着いたのか、ヴァレウスは見苦しいところを見せたと謝ってきた。だがそうさせてしまったのは俺の責任だと言い自身を攻めないように言い聞かせ再度落ち着かせる。


「…では国へ帰るとするか」


「そうでございますな。ところで、其方の者達はどうなさるのですかな?」


「ふむ…」


 そう言うヴァレウスの視線の先にはモルデリカ嬢とアリア嬢が立っている。

 短い時間とは言え彼女らには世話になった。俺の知らない現在の情勢や地図、この都市まで運んで貰った上に話し相手にもなってくれた。

 今俺の手持ちに礼が出来る程の品はないが――


「ヴァレウス、招待状を二通頼む。俺が皇帝である事は伏せてな」


「畏まりました」


 俺の頼みにヴァレウスが杖を軽く振るうと、黒を基調とした封筒に光沢のある赤の国章が刻まれた招待状が出来上がる。

 因みにだが身分を記載しないのは彼女に迷惑が掛かりかねないからだ。モルデリカ嬢は道中、旅行も兼ねていると言っていた。

 つまるところ旅行以外にも目的があり旅をしているのだろう。それを邪魔するのは心が引ける。


「あとはそうだな」


――召喚魔術:黒騎士


 俺は偽装の迎え役として魔法とは別の魔術を使用し、黒い鎧を纏った二体の騎士を召喚する。


「陛下。身分を隠すのであれば儂は暫し隠れております」


「あぁ、助かる。準備整い次第時止めの魔術を解いてくれ」


「ハッ!…それから召喚兵は言葉は発せませぬ故、儂が声帯変化の魔術を使い会話を致します」


「あいわかった」


 そうしてヴァレウスは魔術にて姿と気配を完全に消し、先程召喚した黒騎士を外へと出し時止めの魔術が解除され次第中へ入るように指示を飛ばしておく。


「解除だ」


 俺がそう合図を出すと、モノクロの世界が流れるようにして色が戻り色鮮やかな世界へと変わる。そして時は動き出した。


「――します」


 確か先程まで服を大切にと言っていたな。時止めの魔術による害的影響も無いようだ。


「…うむ、そうしてくれると嬉しい」


「あら、それ貴方が選んだの?思ったよりセンスあるじゃない」


 どうやらモルデリカ嬢も無事動けるようになったらしく、此方へと合流して来る。その後ろには大量の服を持った店員が数名付き添っていた。


「モルデリカ嬢は随分と服を買うのだな」


「当然よ。なんたって――」


――ガシャガチャ

――ガチャガチャ


 と、モルデリカ嬢が話をしているとそれを遮るように店内に黒騎士が入ってくる。


「ッ!下がってください!」


 そんな黒騎士をアリア嬢は敵だと感じたのか、左手に持っていた剣の柄に手をかける。


「…大丈夫よアリア。貴方のお迎えなんでしょ?アレ」


「あぁ、そうだ」


 モルデリカ嬢の察しは良く、突如店内に鉄の音を立て入ってきた黒騎士を迎えだと理解した。そしてアリア嬢を落ち着かせる。

 そんな中店員らは慌てて対応を見せるが、黒騎士らはそれに一切耳を貸す事なく一直線に俺の元へとやってきた。


「お迎えに参りました」


「ご苦労」


 黒騎士は仰々しく膝をつき頭を垂れる。傍から見れば異様も異様な光景であろうな。


「…貴族なんじゃとは思ってたけれど、結構凄かったりする?敬語使った方がいいかし…でしょうか?」


「…ふ、ははははっ。なに、今のままで構わんよ。たった半日程度の付き合いとは言え、俺はお前が気に入っている」


「あら?そう言うならそうしようかしら」


 突然の敬語に笑ってはしまったが、俺がすかさず今のままで良いと言うと、モルデリカ嬢は変わらずタメ口で自分なりの喋り方を続ける。


「さて、短い時間とは言え世話になった身。これは礼だ。暇な時にでも来ると良い」


 俺は先程ヴァレウスに用意させた招待状を取り出し、モルデリカ嬢とアリア嬢に手渡す。


「…て貴方…グランディス帝国の貴族だったのね。どうりで…」


「あの、私も宜しいのですか?大して役には…」


「そうでも無いとも。俺個人としては世話になったと思っている。故にアリア嬢も同様手の空いた時にでも来てくれ」


 おれがそう言うと、アリア嬢はそう言うのであればと招待状を受け取ってくれた。あとは国へと来た時に改めて礼を尽くすとしよう。


「では済まないが俺はもう行くとする」


「ええ、気を付けて帰りなさいよ」


「次会う時にはこのドレスを来ていきますね」


「うむ。ではな」


 その言葉を最後に俺は二人に背を向け店を後にした。





 グレイプニルが去った後、モルデリカとアリアは屋敷へと帰ってきていた。


「良かったのですか?中々に楽しそうだったでは無いですか」


 寝室の机にうつ伏せになるモルデリカに対して、アリアはあんなあっさりと行かせてしまっても良かったのかと含みを込めて聞く。


「…そうね。今までで初めてのタイプだったわ」


 そのように言うモルデリカの声色は少しばかり、哀愁の混じった感情が篭っていた。だがそれも仕方の無い事なのだ。


 彼女、“アルフィシス・モルデリカ”は世界に店舗を構える大商会の会長である。故にその立場は世界的に見ても驚異的なもの。

 当然彼女の顔を知らない者は居ない。何せ魔導具による世界的規模の配信にて、何十回と顔と名前が出ているのだ。


 そんな彼女に向けられる目は利益目的のものが全て。数多くいる者達の中で、誰一人として対等になろうと考える人間はいなかったのだ。

 更に彼女は誰から見ても惚れ惚れするような可憐な少女。ともなれば各国貴族やの商会から縁談を持ちかけられるのは日常茶飯事。


 最早その変わらぬ日々と人間関係に飽き飽きしていた最中、偶然出会ったアイラス基、グレイプニルとの対等な関係はとても新鮮なものであった。

 本当に短い時間でありながらも共に楽しく旅をしたい、そう出来ると思った相手だったのだ。


「…まぁいいわ。あいつは何時でも来ていいって言ったんだから。さっさと商談やら何やら終わらせて突撃してやるわ」


「ですね」


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