第5話…


「ちょっと…お願いだから粗相しないでよね?」


 モルデリカ嬢が胸倉を掴んで顔を引き寄せると、小さな声でそう囁いてくる。


「…保証しかねるな」


「目を合わせなさいよっ」


 俺の発言にモルデリカ嬢は更に頬を抓ってくる。

 だが本当に仕方の無い事なのだ。俺の知る礼儀作法はゲーム内にて部下のNPCが教えたもの…果たしてそれが正しいのかさえ分からない。

 何せ現実世界に於いて親は俺に何ひとつとして教えてくれなかったのでな。


 とは言え流石にモルデリカ嬢と領主の間に亀裂を作る訳にはいかない。俺の出来るだけの礼儀を持ってどうにかしよう。

 最悪記憶を消してしまえばどうと言う事は無い筈だ。


「…貴方今、よからぬ事考えたでしょ?」


「はてさて?なんの事やら」


 モルデリカ嬢が鋭い目付きで睨んでくる。

 流石に商人と言うべきなのか、はたまた俺が分かり易いのか…兎も角これでは無闇に魔法は使えんな。


「…兎に角お願いだから面倒事にはしないでよね?いいわね?」


「承知しているとも」


「…はぁ」


 モルデリカ嬢は小さくため息を吐くと、俺の胸倉から手を離してた。そして何事も無かったかのように、優雅に歩き使用人に案内されながら屋敷の中へと入って行く。


 俺も使用人に連れられ中に入ると、そこは正に領主の館といった具合に絢爛なものとなっていた。高価そうな装飾や絵画、どうせ使う事の無いであろう鎧や剣などが飾られている。

 そうして暫く歩き領主が居るであろう部屋の前へと到着する。


 ――コンコンっ


「領主様。モルデリカ様がご到着なさいました」


「入ってくれたまへ」


 使用人が軽く扉を叩きモルデリカ嬢が到着した事を伝えると、扉の先から随分と年老いた弱々しい力の無い声が返ってきた。

 そして扉を開け部屋の中に入れば、声色の通りそこには腰の曲がった老人が座っていた。


「お久しぶりです。タルフ様」


 モルデリカ嬢は貴族令嬢の如く、俗に言う“カーテシー”のような恭しく挨拶をした。


「うむ、よく来た。二年ぶりか…それでその男は?」


 老人は穏やかな瞳を俺に向けてくる。

 この老人がここら周辺を治める領主か…モルデリカ嬢から聞いた名は“タルフ・アーゲイン”。

 パッと見は魔法使いのような老人だが、その実は高名な剣士であったとか…それにしてもこの老人――


「…お初にお目にかかる。俺の名はアイラスと言う。モルデリカ嬢とは此処へ来る道中にて出会い共に行動している身だ」


 そのように考えながらも、出来るだけ失礼に当たらないよう、嘗ての貴族がしたという“ボウ・アンド・スクレープ”とやらの挨拶を真似る。

 和装では些か不自然ではあるが、変に下手な事をするよりかは幾分かましであろう。


 何やら隣に立つモルデリカ嬢が驚いたような表情を向けてくるが…それ程までに俺を信用出来ないのだろうか?


「なんじゃそうなのか。てっきり婿でも出来たのかと思ったわい」


「ち、ちょっと何言ってっ――」


「ふむ、何を取り乱す必要がある?」


「ッ!まさか貴方っ――」


「俺は子供に欲情する変質者では無いぞ?」


「…でしょうね」


 一応は現実の世界、ゲームの世界の両方に於いても俺はモルデリカ嬢より歳が上だ。確かに俺にはあまり常識は持ち合わせていないが、それでもその辺は弁えている。

 とは言え俺の常識は本とArkNOVAにおけるものだけだ。注意をするに越した事はないだろう。


「さあ、立ち話もあれじゃろうて。座ると良い」


「失礼致します」

「失礼する」


 俺とモルデリカ嬢は共に同じソファーへと腰を下ろす。

 ふむ、考えてみれば生身でソファーに座るのも初めてだな。ゲームでは余り感じることが出来なかったが、こうもふわふわとしたものであったか。

 馬車ではこのような事は考えていなかったが為に気付かなかった。未だ完全にこれを現実として受け止めてい無いな。


「今回は此処カルザンに一日か二日滞在する事になりましたので、事前にご連絡した通り挨拶に伺せて頂きました」


「うむ。まぁなんじゃ、儂に構わず楽しむと良いわ…出来ればそこの男ともう暫く話したいがのぉ」


「えっと…それは…」


 先程とは打って代わり老人の目が鋭くなる。それにモルデリカ嬢は気付いていないが、どうすれば良いのかと戸惑っている。

 だが俺にとっても好都合だ。


「俺は構わんぞ」


「で、でも…」


「なに、無作法はせんよ。買い物も話が終わり次第付き合うさ」


「…分かったわ。けど、本当に失礼のないようにね」


 モルデリカ嬢はそう小さく囁いてくる。これに俺は首を縦に振ると、モルデリカ嬢は立ち上がり部屋を後にした。

 使用人も同様に居なくなった事で、残ったのは俺と老人だけだ…いや、正確にはもう一体か。


「カカッ…この場合は久しいと言えば良いのじゃろうな」


 最初に老人を見た時、一瞬何ら変哲のない老人かと思ったのだが…微かに人間では無い魔力を感じた。

 そして目を凝らして見れば竜種の魔力が視えた、それも特殊なものだ。そこから考えられるのは――


「矢張りお前は――“守護竜”か。憑依などと面倒な事をする」


「カッカッカッ、お主の事じゃから気付いておっても当然か」


 そう言いながら老人、守護竜はカラカラと笑う。


 ――“守護竜マルフィリア”。

 高位の竜種の中でも特殊であり最強の一体とも呼ばれる竜。その実力は上位種である龍を含めたとしても上位に食い込むほどだ。

 異名は幾つもあるがその中でも有名なのが“守護竜”と“結界竜”。

 その呼び名の通り種族とは別に“固有能力”として魔法や魔術では再現のできない結界構築が可能であり、防御性能は通常の数十倍から数百倍にも登る。

 一応性別は雌だ。


「それでこの五百年の間何処に消えておった?お主が消えた影響で国所か世界を巻き込んだ可能性すらあったのじゃぞ?」


「なに、少しばかり暗い世界に飛ばされていただけだ。終わりの無い地獄だ」


 事実俺にとって現実世界という場所は暗闇そのものだ。先も見えない暗闇の中を生き続ける事を、地獄以外のなんと呼ぶ。


「…お主程の存在が為す術なく、か?」


「困った事にな」


 何せArkNOVAはゲームの世界だったのだから、俺がどうこうする事は出来ない。運営が終わりだと言ったら終わり、為す術などないのだ。


「とは言え、もう居なくなる事は無い」


「それならさっさと国に帰れ。未だにあの阿呆共はお主を探しておるぞ」


「ほう…」


 いやはや驚いた。まさか五百年経った今尚俺の事を探しているとは…てっきり捜索など止め“五爵王”が完全に指揮を取り、皇帝である俺の事など忘れ去ったと考えて部分があったのだがな。


「“龍王”が暴れたのは何故だ?」


「…“起源王”が皇帝は死んだと抜かしたのが始まりじゃそうじゃ。そこからなんやかんやあって龍王マジブチギレ、それをヤバいと思ったほかの五爵王らはどうにかして封印したらいしい。馬鹿な話じゃ」


「…そうであったか」


 なんとも酷い勘違いをしたものだ。龍王が暴れたのは優しさ故にからだったのか…これはゆるりと旅をしている暇は無いな。

 早々に国へ帰り、皆に頭を下げ謝罪をせねばならん。


「まぁ帰れと言っても、時期迎えが来るじゃろうがな」


「…矢張り気付いているか?」


「魔術王じゃぞ?幾ら阻害の結界が張られているとは言え、あやつなら普通に気付くじゃろ。今は大方お主についての会議と部隊の編成をしておるじゃろう。明日には来るやもしれんな」


「そうか」


 俺はソファーから立ち上がり扉の前へと足を進める。


「…近いうち、改めて礼をしに行く」


「うむ、上等なのを頼むぞー」


 俺の言葉に対して、守護竜はニヤニヤとした表情で手をヒラヒラと降った。




 館を出ると、来た時と同じようにして馬車が止まっていた。

 俺が来たのを見計らって冒険者が扉を開けると、そこには既にモルデリカ嬢が待っていた。


「あら、思ったよりも早かったわね。あのおじいちゃん話長いのに」


「なに、軽い話だった故な」


「そう。なら買い物しましょうか。それから契約に関してだけれど――」


「それに関してなのだが、非常に申し訳ない限りではあるが明日あたりに迎えが来る。故に共に行動する事が出来そうにない」


「…はぁぁぁ…折角面白そうだったのに…まぁいいわ。迎えが来るなら仕方ないものね」


 心苦しくもそう伝えると、モルデリカ嬢は大きくため息を吐きながらもこれを承諾してくれた。

 何やら面白要員として俺を連れていく予定だったらしい。なんとも申し訳ない事をしてしまったな。


「取り敢えず買い物には付き合ってもらうわよ?」


「あいわかった」


「それじゃあ出してちょうだい」


 モルデリカ嬢がそう言うと、馬車はゆっくりと進み始めた。





 緩やかに流れる風景は中々に美しく、開けた窓より吹き抜ける風が何とも心地よい事か。

 現実世界でもゲーム時代に於いても感じることの出来なかった感覚が、こうもはっきりと流れるのは嬉しい事だな。


「まずはそうねぇ…やっぱりお洋服よね!」


 俺がそんな事を考えていれば、目の前に座るモルデリカ嬢は買い物の順番を考えていた。どうやら最初は洋服からのようだ。

 確かに此処ルージアス王国の衣類はかなり上質な物、何せ蟲系統の魔物が多くその中には高品質な糸を出す魔物が居る。

 それを利用し作られる服は高価な物で一着大金貨が八枚はする。


 そうして馬車に揺られていれば、お目当ての洋服屋の前へと着いた。店内には豪華な服が多く展示されている。


「さて、どれを買おうかしらねぇ?」


 そんな事を言いながら俺へと目を向けてくるが…


「生憎俺はセンスが無いぞ?」


「…知ってるわよ馬鹿なの?冗談に決まってるじゃない」


「ふむ、これは手酷言われようだ…」


 モルデリカ嬢は真顔ながらも引いた表情を向けてくる。

 一先ずは一人で見てくるといい、店内をふらつき始めた。俺も特にやることが無い故、適当に見て回る事にする。

 それにしても女物はよく分からんな…以前読んだ物の中には女心は理解しろとあったが、俺には無理そうだ。


「ふむ、こちらは――」


「あ、あの!」


 俺が店の先へ進もうとすると、後ろから青髪の冒険者が俺の腕掴み止める。

 その表情は何やら非常に焦っているように見える。


「どうかしたのか?」


「…そ、そちらは女性用の…アレですので…」


「アレとは?」


「ッ〜!し、下着っ…ですので…男性の方は行かない方が…宜しいかと…」


「ほう、そうであったか。それは助かった」


 どうやら俺が行こうとしていた方は女物の下着がある場所らしい。一歩間違えば変質者的扱いをされるところであった。

 今までそういったことを気にしなかった所為か、こういったところでも弊害が出てしまうな。

 それにしても――


「お前は服を選ばないのか?」


「…私にこう言ったものは似合わないので…」


「ふむ…」


 彼女の体型は鎧で覆われている為によくは分からないが、身長は高く足も長い上に顔は綺麗なものだ。

 元よりArkNOVAのNPCは大半は顔が整っているが、その中でも彼女は中々に整っている部類…ドレスが似合わないとは思えないのだが。


「済まないが、名前はなんと言う?出来れば詳細も頼みたい」


「はい。名前は“アリア・ロールヴェルク”と言います。生まれは“騎士の国アステバ”で今年で21になります。今は冒険者として過ごしています。一応等級は“第一戦域”です」


「ほう、それはまたなんとも」


 冒険者の等級は魔物と比例するように同じく戦域で区別されている。彼女は第一戦域、つまりは第一戦域の魔物を相手に勝つ事の出来る冒険者という事だ。

 ピンキリがあるとは言え、この若さで第一戦域はかなりのものだ。よく見てみれば鎧も剣も一級品、第一戦域の中でも上位の部類か。

 はっきり言って彼女は、ベテランプレイヤー並に強い。


「ロールヴェルク嬢は」


「アリアで結構ですよ?」


「そうか。ではアリア嬢はこういったドレスで着飾るよりも、鎧や剣の方が嬉しいのか?」


「そ、それはぁぁ…」


 アリア嬢はまたもや頬を赤くしながら目線を俺からズラす。


「ではそうだな、今回世話になった礼としてドレスを一着プレゼントしたいのだが…受け取ってはくれまいか?」


「…そ、そういう事であればッ!」


「はっはっはっ、では選ぶとしようか」


 とは言ったものの、先程言った通り俺にはセンスがない。俺が作るもしくは選ぶ服は大体が奇抜か派手で目立つものばかり…アリア嬢は余り派手なものは好まないだろう。


「アリア嬢、好きな色はあるか?」


「青が好きです…母が髪色をよく褒めてくれたので」


「なるほど」


 であれば選ぶとすれば髪色と同じ青色のドレス。パッと見筋肉はあまり付いていないだろう。ならば多少肌が露出したとしても大丈夫な筈だ。

 そして何らかのアクセントがあるものがいいのだろうが――


「おや、これは中々に良いのでは無いか?」


 俺が目をつけたのは少々派手ではあるがシンプルなドレスだ。深い青を基調とし所々に小さく金と銀の刺繍がされ、あまり派手にはならない程度に宝石が添えられている。


「これはどうだろうか?中々に似合うと思うが?一度着てみるか?」


「是非っ!」


「そこの者、済まないのだが試着室はあるか?あるのならばこの子にこれを着せてくれまいか?」


「畏まりました。こちらへどうぞ」


 店員を呼び止めアリア嬢を試着室へと案内するように頼むと、アリア嬢は店員に連れられていく。俺も着替えの済んだアリア嬢を見るために後を追う。


 そうして試着室へ店員と共に入りしばらくした頃、大きなカーテンが開かれ試着の終えたアリア嬢が現れた。


「これはこれは」


 その姿はモルデリカ嬢にも引けを取らない程に美しいものだ。

 背が170半ば程まであり脚が長い事によりスタイルも良く、可愛らしいと言うよりかは綺麗と言う言葉が良く似合う姿をしている。


「どうでしょうか?少々動きづらいのですが…」


「ふむ、実によく似合っているぞ。ではこれを買うとしよう。幾らだ?」


 今の俺の手持ちは全てを合わせて大金貨四枚分程度、足りなければ他のもので代用する他ないのだが――


「大金貨二枚似なります」


「ではこれで頼む」


 何とか足りたようで、俺は店員にお代を手渡す。普通であれば大金を目にすれば驚くのであろうが、アリア嬢程の冒険者であれば大金貨は見慣れたものなのであろう。全くの驚きを見せなかった。


「あの、ありがとうございます。こんな私にドレスなんかを…」


「はっはっはっ、気にする事はないぞ。よく友人から女の子にはお洒落をさせろと言われてきたのでな、俺はそれを実行しただけだ」


「それでも嬉しいです。大切に――」


 アリア嬢が礼を言おうとしたその時、世界が白黒に変わる。それと同時にとてつもない魔力の圧が襲い掛かる。


「お久しぶりにございます。皇帝陛下」


「…タイミングはアレだが、久しいな。ヴァレウス」


 俺が振り返るとそこには、御伽噺で出てくるようなローブととんがり帽を被り杖を持った老人がたっていた。

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