第3話…商人と五百年間の出来事


「案内人が死んでしまったな…」


 まぁだからと言ってどうという事はないのだがな。

 飛行魔法・空間転移魔法・地形把握魔法・地形操作魔法・蘇生魔法etc…


 今の状況を打開しようと思えばどうにでもなる。だが折角自由に動けるようになった身、空を飛ぶのも自由を感じて良いのだがろうが、些か詰まらないものになりそうだ。

 地形操作は派手すぎるが故に面倒事になりかねない…蘇生魔法は言わずもがなだ。


 となれば残るは地形把握のみ、結局はこの魔法が最も無難だな。問題があるとすれば腕の経つ魔法使い相手では気付かれるという点のみだろう。


「まぁだからなんだという話ではあるのだがな」


 そんな考えを浮かべながらこの森を抜ける為に魔法を発動して歩き始める。





 森を歩き初めて早三時間、今更ながらこの森が何であり何処にあるのかを思い出した。

 そもそもただの森にしては広すぎる上に、あの四人組のリーダーも折角ここまで来たにと言っていた。

 ウッドゴーレムに遭遇しやすくそこまで強い魔物がいないのにも関わらず無駄に壮大な森。


 となれば“ArkNOVAアークノヴァ”で第一に思い浮かぶのは――“五大陸”が一つ、“ラナ大陸”に存在する“虚の森”。


 虚の森は魔力以外を動力源として侵入者を永久に迷わせる生きた森だ。だが出現する魔物は強くとも“第七戦域”辺り、脱出方法も存外難しくも無く分かってしまえば後は時間の問題。


 そしてラナ大陸は五大陸の中で最も小さく、この森を支配域としている国は平和として有名だ。

 国の名前は“豊穣ほうじょうの国ルージアス”。


 この国は別名“竜守国りゅうしゅこく”とも呼ばれており、その名の通り高位の竜が国を守り平和を保っている。その竜の強さから、周辺の国や犯罪組織も手を出すことが出来ない。


「さて、場所が分かれば後は簡単だ」


 虚の森の脱出方法は太陽の逆側に月が出るまで進み、次に太陽が完全に月だけとなったら月が完全に沈むまで月の方向に進む。

 そうすれば終わりだ。時間は掛かるが脱出が出来ないなどという事がないのは良い事だ。中には本当に脱出不可能な森が存在しているのでな。





 という訳で問題無く虚の森の脱出に成功した。目の前には開けた草原と険しい山々が見える。道も多くの馬車や人が通ったからだろうか、舗装された土道のようなものが出来ている。


 それで今後に着いてなのだが、まず初めの目標として国に帰ること。俺の国があるのは五大陸で最も巨大なラム大陸。その最東端に位置している。

 その大きさは現実でのユーラシア大陸三つと半分ほど。正直言って些か巨大が過ぎる。

 とは言えこの世界には魔物の引く馬車も有れば空飛ぶ船も転移する事のできる装置もある。

 金は掛かるがこの世界を旅するには必要な出費だ。


 因みにこの大陸は形は違えどユーラシア大陸一つ分だったはずだ。最も小さな大陸と言えどもこれ程の規模だ、ゲームとして生きていた時もそうだがこれには流石に頭が痛くなる。

 まぁ巨大な化け物が多くいるが為に、これ程までになってしまったのだろうがな。


「では向かうとするか。此処から最も近い都市はカルザン都市だったな」


 距離は西に二十km程先に位置している。


「…矢張り国に帰るのは少し旅をしてからにしようか」


 よく良く考えればそれ程急くような事では無い。彼ら彼女らに寿命は無い上に強さも計り知れないレベルだ。

 ここはゆったりと行きたい、のだが…先程第一界域の魔法を連発した事で国には気付かれているだろうな。

 ArkNOVAはゲームの時からだったが、魔力の質はそれぞれで違っていたからな。

 もし仮に五百年たった今でも尚、俺を待ち続けているのであれば高確率で詮索隊が動くであろうな。


「どうしたものか…」


――ガラガラガラ

――ガラガラガラ

――ガラガラガラ


「おや、あれば商隊か?」


 俺の右手側より複数の馬車を転がす音が聞こえてくる。そちらに目を向ければ五台の行商用馬車、それも大商会が使用する大型馬車だ。先頭には貴族が乗るような何とも絢爛けんらんな馬車が一台。

 確かアレらの馬車には防御系統の魔法が多重に掛けられているが為に、一台で大豪邸が建つほどだったな。

 それに馬車を引いているのは走竜、人に懐き易く力も強い事から馬車を引くのに良く飼われている。


 そして馬車を守るようにして付き添う馬に乗った護衛が三十人。装備からして冒険者だろう。中々に良い装備をしている。間違いなく雇い主は豪族であろうな。


 そんな風に考え佇んでいると、少し離れた位置にて馬車が止まり、目の前に斥候の役目をした女冒険者が目の前へとやってきた。


「貴方、こんな所で立ち竦んでで何してるの?」


 話し掛けて来た女は普通の人間。青い髪に鎧を纏っている。


「あいやすまない。あれ程の規模の商隊は中々見ないものでな、驚いていただけだ」


「……」


 俺の言葉に彼女は疑念の目を向けてくる。

 だが彼女が警戒するのは当然だろう。幾らここら周辺が安全な部類の地域とは言え、たった一人武器も携えないで道端に佇んでいたのだ。寧ろこれを警戒しない斥候はいないだろう。


「…それ程疑うのであれば取引でもするか?ほれ、これでどうだ?」


「っ!」


 彼女は俺の取り出した代物に目を見開いた。

 俺が提示した代物は先程“金の林檎”を倒し手に入れた“黄金の果蜜”だ。今の俺に取り引きの物品として出せる物はこれくらいだ。

 ほかには低級のスクロールと魔導具、あとは素材程度しかない。

 それにレアとは言え黄金の果蜜はあと二瓶ある。一つ渡したところで問題は無いし、取りに行こうと思えば取りに行ける。

 それにこれ程のアイテムであれば、俺の今欲しい地図の取引も出来るだろう。


「そうだな、出来ればこれを信用の暁として、地図をくれたりしないだろうか?」


「……少し待っててください」


「承知した」


 彼女は少し考えた後、雇い主であろう商人の元へと向かって行った。


 いやはやそれにしても面白いものだ。流石にゲームの時はこう言った事をする事が出来なかった故、楽しくて仕方がない。

 幾ら人工知能が発達し自己意識を持っていようとも、不可能な事は常にあった。だがそれが無くなった今、真の意味で俺もこの世界も自由になったのだろう。


 と、そんな事を考えていれば馬車が動き始めれば、暫くして俺の目の前で止まった。そして馬車からブロンドヘアの女が降りてきた。

 服装からして商人よりも魔法使いと言った方が良いか。かなり若く見える。まだ十代半ばだろうか?


「態々止めてしまい済まないな」


「気にしないで結構よ?それで?黄金の果蜜を持ってるのは本当なのよね?」


「当然だとも」


 俺は改めて黄金の果蜜を取り出し、彼女へと手渡す。彼女は本物の果蜜であるかを確かめる為に、ルーペ型の魔導具を使い判別する。

 この魔導具もまた高価な代物だ。何せレアスキルの一つである“鑑定眼”の代わりとなるのだからな。

 そして暫くして納得したのか、彼女はルーペを折り畳みポケットへとしまった。


「…いいわ。近場の都市とは言わず、ルージアスの首都まで送ってあげる。まぁ所々の都市には寄るけれどね」


「ほう…」


 正直近場の都市まで行き宝石や魔物の素材などを売り金にした後、ゆるりと旅をしようかと考えていたのだが…どうしたものか。

 ルージアスの国土は世界的に見ても小さいが、広い事に変わりは無い。それに複数の都市にもよると言うのならば――


「その言葉、是非とも甘えさせてもらおう」


「そう、なら乗ってちょうだい。色々と話したいこともあるし」


「あいわかった」


 俺は彼女に言われたように馬車へと乗り込む。馬車の中は外とは違いかなり涼しく、空間魔法で少しばかり拡張され広々としている。

 外側に張られていた防御魔法、内側の快適さに特化した魔法…五百年前と同じであれば本当に大豪邸が経つレベルだ。


「はいこれ、地図よ」


「これはこれは、有難い限りだ」


 俺は彼女からスクロール状にまるめられ紐で停められた地図を受け取る。

 紐を解き地図を開くと、よくある昔ながらの地図と言った感じをしていた。

 地図の内容は驚いた事に大半の国が消え、新たな国が増えていた。


 残っている国は此処ラナ大陸ではルージアスのみ。

 ほか大陸では“神聖国イストル”、“日ノ和の国”、“魔導帝国アルドスバルデ”、“クライストス帝国”、そしてグランディス帝国だけだ。


 その他の国は消滅、別の国に置き変わっている。元あった国は支配域を拡大している国もあれば、変動していない国もある。俺の国は変動無し、魔導帝国とクライストス帝国が多少領土を拡げているな。


 因みにだが、グランディス帝国、クライストス帝国、アルドスバルデ帝国は三帝国と呼ばれていた。

 今尚そのように呼ばれているかは分からんがな。


「ねぇ貴方」


「なにかね?」


「なんだか貴族みたいね。主に口調が」


「…気の所為だろう」


「……」


 信用ならないのか彼女は疑念の目を俺へと向けてくる。

 しかし貴族か…現実世界では二十年、ゲームの中では千年近く皇帝の座に着いていたのだがら、強ち間違ってはいないのであろうな。

 それ程長い期間皇帝陛下をやっていれば、口調も変わるというものだ。もう戻せる気はしないがな。


「まぁいいわ、それで?名前はなんて言うの?」


「ふむ…」


 さてどうしたものか、当然本来の名前プレイヤー名を名乗るのは無しだ。確実に面倒なことになりかねん。

 名乗るとすれば偽名なのだが、俺の現実での名前はなんだったか…思い出せんな。

 仕方が無い、適当な名前を使うか。


「…アイラスと言う。呼び捨てで結構だ」


「そう、私はアルフィシス・モルデリカ。モルデリカ商会の会長よ」


 モルデリカ商会、聞いた事の無い商会ではあるが、これもまた五百年の間に生まれたという事か。


「そうか。道中宜しく頼むぞ、モルデリカ嬢」


「…それだけ?」


「はて?他に何かあるのか?」


「……」


 なにか気に召さない事でもあったのか、無理やり作ったような笑顔で口端をピクピクと痙攣させている。

 もしや何らかの失言をしてしまったのであろうか?


「貴方ねぇ…私はモルデリカ商会の会長よ?!世界でも五本の指には入る超大商会ッ!大陸じゃなくて世界で五本の指に入る商会の会長を知らないとかッ…山に籠ってた仙人か何かなの?!」


「…」


 何やら熱烈に語ってくるが、俺はここ五百年の事を一切知らない。当然彼女の商会の事も知らないのだから、驚くも何も無い。


「…そうであったか。済まないな」


「反応うっすッ?!」


 モルデリカ嬢が勢い良くツッコミを入れてくる。どうやら本当に知らないという事を理解したのか、呆れた表情と共に頭を抱えてしまった。


「はぁ、まぁいいわ。それで?こんな希少な物どうやって手に入れたの?まさかアレを倒したなんて言わないわよね?…」


「そうだな…小鬼の王が住む村の宝箱、そこで手に入れた」


 仮に正直に答えればより疑念を抱きかねない。そこから話が膨らみ面倒事へと発展、最悪楽しく生きる事が難しくなるやもしれん。

 であるならば成る可くバレない嘘をつくのが一番だ。事実、小鬼の宝箱からは稀に超希少な代物が出る事はある。

 もし今尚そうであるのならば、問題は無い筈だ。


「……」


 とは言え相手は商人、目を鋭くしてとことん怪しんで来る。


「はァ、そう言う事でいいわよ。なんだか面倒事の匂いがするわ」


「そうか」


 何処か納得のいかない表情をするが、彼女自身もまた面倒事は御免なようで、有難い事に詮索されずに済んだ。


「で?貴方から聞きたい事は無いの?」


「そうだな…」


 聞くべき事と言えば矢張り俺の不在となっていた五百年間の出来事についてでろうな。きっと多くの出来事があった筈だ…特にグランディス帝国に於いては俺が不在となった事で何らかの弊害・被害が出ているやもしれない。


「…五百年前から現在に至るまでの事件、出来事について知りたい」


「五百年って…馬鹿長くなるわよ」


「構わんとも」


「それじゃあ――」





 そこからは本当に長いものとなった。その中でも主要的なものとなるのが――


 俺が消えてから初めの十年、中々帰還しない事を不審に思った五爵王らが捜索隊を組み世界へ放った出来事。これは後に“覇皇消失事件”として歴史残ったそうな。


 それから百年が経過した頃に起きたのは“百年戦争”と呼ばれる世界を巻き込んだ大戦。

 発端は小国の成り上がりから始まり、大国に飛び火し三帝国の一角がこれにキレ参戦した事で終結。


 更に三百年が経った時、グランディス帝国で起きた“龍王”の暴走。暴走した理由は分かっていないらしいが、五爵王がそれを鎮め封印したとの事だ。何やら秘宝やら宝具を用いてやっとの思い出封印できたのだとか。

 そして今国には皇帝はおらず、五爵王が管理していると言う。


 最後に今から百年前に現れた魔王を名乗る存在。どうやらその強さは凄まじく、高位の冒険者が数十人で挑んだものの敗走したという。

 これに神聖国は対魔王軍部隊を組み今尚衝突していると言う。三帝国やその他の大国は気に求めていないようだがな。



 まず初めにだが龍王の暴走は俺が原因だろう。その内容までは分からんが、大方俺が国を捨てたと考えそれに憤怒したのであろうな。

 もし会ったのならば殴られようが蹴られようが石を投げられようが俺に反論する資格はない。大人しくされるがままになろう。


 次に百年戦争についてだが、正直あまり興味が無いな。終結させたのが三帝国の一角だと言うのならばそれは間違いなくクライストス帝国だ。

 アレの皇室は自国の平和の為ならばどんな手でも使う故な。


 それよりも気になるのが魔王の存在だ。

 この世界のNPCはベテランプレイヤー並に強い者がそれなりに居る。そんな冒険者を退かせたとなればかなり厄介な存在だ。

 もしやするとプレイヤーの可能性もあるが…俺以外がいるとは考えにくい。

 仮にあの女神と会い同じ願いをしていれば別だがな。


「あら、長話をしてたら都市が見えてきたわよ」


「どうやらそのようだな」


 場所から少しばかり顔を覗かせれば、目の前には巨大な山を土台として建造され、周囲には大川が流れこれまた神秘的な都市が写った。


 この自然溢れるラナ大陸だからこそとも言える都市である。

 城壁は無いが、強固な結界により魔物やその他襲撃を受けても耐え抜く事が出来る。


「それじゃ都市内に入り次第…買い物ね!」


「ほう?」

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