第2話…遭遇と心境の変化

転生してから五時間ほどか、空は満天の星で埋めつくされ一層輝く銀色の月が浮かんでいる。

ArkNOVAアークノヴァ”の世界は地球よりも遥かに広く、当然大陸の大きさも島も全くの別物だ。


 それにしてもこの肉体はなんと便利な事か、一切の休息を必要とせず腹も空かなければ喉も乾かない。これならば24時間365日動き続けられるな。

 闇夜も僅かな月明かりと魔法で視界は良好、このままならば村か街に早々に辿り着けそうだ。


 と思っていた矢先、俺の探知網に四人の人間が引っかかった。距離は此処から一kmほどか。


 実力は初心者並。小鬼の王相手に苦戦する程度の実力。殺しに掛かられても問題は無いな。



 ▼


 彼の向かう先に居る四人組の新米冒険者パーティー、“茨の剣”。彼らは現在この森に生息するゴーレムの一種、ウッドゴーレムの討伐のため森深くまで潜っていた。

 そしてそのパーティのリーダーである金髪の青年、“リアス”は盾役である赤髪の青年“カイル”と共に見張りをしていた。


「出来れば明日討伐して帰りたいな」


「相手はウッドゴーレムだ、火の魔法で容易に倒せる」


――ガサガサ


「「ッ!」」


 談笑をしながら火を囲んでいると、草木の生い茂る方から此方に向かってくる音が聞こえ、二人は武器に手をかける。

 この森は魔物が多く居る。二人は狼系統の魔物か小鬼だと考える。

 だが実際現れたのは――


「済まないな。警戒をさせてしまった」


 全身に葉や小枝で汚れたなんとも覇気の無い男であった。



 ▼


「全く脅しやがって…こんな夜に歩くとか命知らずか?」


「はっはっはっ、申し訳ない限りだ…少々迷子になってしまってな」


 …ふむ、どうやら話の通じる相手のようだ。これで彼らが野蛮な輩だったら面倒だった。

 種族は人間の青年が二人、後は弓使いの獣人と魔法使いのエルフ。見る限り回復役が居ないが、その辺はアイテムでも使っているのだろうか。


「取り敢えず朝まで待ってろ…明日には依頼終わらせて帰るから」


「それは助かる。ところで、お前達は何の依頼を受けて此処へ?」


「あぁ、ウッドゴーレムの討伐だよ」


「なるほど、であれば直ぐに終わるな」


 ウッドゴーレムはArkNOVAに於いて初心者が最初に相手にする事になるゴーレム種の一体だ。弱点は言わずもがな炎や雷などと言った燃やす事の出来る魔法、或いは魔道具かアイテムが有れば容易に倒すことが出来る。


 しかしウッドゴーレムか、暫く見ていなかったからか久しぶりに見たくなった。運が良ければ当たりのウッドゴーレムに会えるやもしれない。


「その依頼、俺も同行して良いか?」


「構わないけど…死んでも恨んだりするなよ?」


「そんな事はしないさ。これは俺が言い出した事だからな」


 これにリーダーである青年は俺の申し出にそれならばと承諾してくれた。





 そして翌日、予定通りウッドゴーレムの生息域迄やってきた。生息域と言っても、ウッドゴーレムは木々の生える自然の中であれば何処にだって生息している。

 ただ今いる場所が通常よりも多く生息しており、見つけやすいと言うだけだ。


 俺以外の四人は周囲を注意深く探索している。ウッドゴーレムは基本正面から戦わずに自然に溶け込み奇襲をしかけてくる。


 そんなこんなしていると、俺の張っていた探知網に気薄な魔力が引っかかった。どうやらエルフの魔法使いも気付いたようで、直ぐさま全員が戦闘態勢に入った。


「おいアンタ!ちゃんと下がってろよ!」


「あいわかっ…いや、ひとつ助言しよう。死にたくなければ逃げる事を推奨するぞ?」


「は?何言ってんだ?折角来たのに逃げるとかないだろ?んじゃ!いつも通りで行くぞ!」


 そう叫ぶと共に、金髪の青年は自身に“身体強化”を付与する。

 そしてズウンッと重たい音を立てながら木々を掻き分けて現れたのは、体長3mはあるウッドゴーレムだ。


 青年はソレに向かって全力で駆け走る。それを援護するように獣人の娘も弓を放つ。あまり弓を撃っても意味は無いのでは?と思うだろうが、ウッドゴーレムは本物の木と同様に亀裂が入る。

 運が良ければ一気に割れ倒す事が可能だ。


 そしてその間にエルフは炎魔法の詠唱に入る。

 呪文からして“第八界域魔法: 爆炎”だろう。そうして詠唱を行うエルフの前に、盾役の青年が守るように立ちはだかる。


 しかし流石にエルフか、“種族能力”で弓もしくは魔法適正率が高い状態で産まれてくるのだが、あの歳で“第八界域”を使えるのは中々に優秀だ。

 本来であれば彼女のような若い魔法使いが使えるのは“第九界域”までなのだがな。



 などと解説しているうちに、金髪の青年の一振がウッドゴーレムの足を断ち切った。バランスの崩れたウッドゴーレムはそのまま前のめりに倒れる。

 矢も集中的に撃たれている事から初めから体勢を崩すことが目的だったか。


「詠唱終わったわッ!下がって!」


「おう!」


 そのタイミングでエルフの詠唱も完結する。


――第八界域魔法:爆炎!


 エルフの魔法使いが放った魔法が火花を散らしながらウッドゴーレムへと直撃し爆発と共に轟々と燃え上がる。


「よし!」


 それに盾の青年が歓喜をあげた――が、運が良いのか悪いのか…このウッドゴーレムは“金の林檎”持ちだ。


「ほらな?楽勝だっーー」


――べきょっ


 金髪の青年の首が一回転する。


「い、いやぁああああっ!」

「リアスっ!」

「な、何が起きたの?!魔力探知には何も引っかからなかったのにっ!」


 獣人の甲高い悲鳴が森に響きわたり、盾の青年は目の前で死んだ仲間の名前を驚きを交えながら叫び、エルフは混乱しながらも逃げようとする。


 だが残念な事に、少しばかり遅かった。

 悲鳴をあげた獣人は混乱のあまり冷静さを欠きその隙に縦に真っ二つ。

 盾の青年はリーダーの遺体を回収しようと駆けたがあっさりと胴体が吹き飛ぶ。

 エルフは全力で森を出ようと走って行ったが…今死んだ。


 そして次は俺となる訳で、目の前には林檎の頭を持った人型の魔物が立っている。頭も身体も金ピカだ。

 この金の林檎は本来“黄金樹”と呼ばれる四大樹のひとつに実る魔物なのだが、時たま超低確率でウッドゴーレムから生まれることがある。


 そしてコイツの“戦域”は――“第三戦域”。

 ここで改めて強さの格付けを説明しよう。

 ArkNOVAの世界に於いて“魔物モンスター”、敵対生物の強さは“戦域”と呼ばれるもので区分化している。

 一番下は“第十戦域”で始まり、最上位の存在は“特域”と呼ばれている。主に“第五戦域”を超えた存在は桁が違ってくる。


 小鬼は第十戦域、小鬼の王が第八戦域、そしてウッドゴーレムは第九戦域…はっきり言って目の前の存在はベクトルが違う。

 初心者ではまず勝てない。ベテランなり掛けのプレイヤーでさえもソロだとミスで負ける者が出た程だ。


 だが――コレの落とすアイテムは金になる上に素材としても極上。


「彼らにとっては運が悪いのだろうが、俺にとっては最高に運がいい」


 その言葉に反応したのか、金の林檎は瞬間移動かの如き速度で俺の眼前に現れた。右腕は大きく振り上げられ、拳はミシミシと音を立てながら力強く握られている。


(…金肉ゴリラだな)


 音速で放たれたその一撃は確実に俺を捉えた――が、直後に金の林檎の腕が粉微塵に吹き飛んだ。

 その衝撃で金の林檎は宙に浮き上がり、混乱からか思考が停止している。


「残念だがこの装備は攻撃を察知すると俺の魔力を使い自動で“反射壁”が展開されるんだ」


――第一界域魔法:切断


 ズルリ――そのような音を出しながら金の林檎が縦に真っ二つに割れた。血は出ていないが代わりに、頭部から金色の液体が永遠と溢れ出ている。


 そしてこの液体こそが金の林檎から採取できるレア素材、“黄金の果蜜”。主にポーション系統のアイテムを作成する際に用いられ、入手難易度から破格の値が付いている。

 大抵のベテランプレイヤーであれば金の林檎を討伐する事は出来るが、如何せん出現率が低い上に生息地である黄金樹に行くには労力が見合わない。


 何せ黄金樹に行くまでにはそれ以上の化け物を退けねばならないからな。運が悪ければ“第一戦域”と鉢合う可能性もある。

 ArkNOVAに於いて死亡ペナルティはかなり痛い。故に破格の金が手にはると言えども、それに見合うとは到底思えない代物だ。


 だからこそ今回は運が良かった。面倒なく手に入ったのだからな。


「…それにしても俺の“種族”故だろうか?目の前で人が死んだというのに何も感じない。まぁ便利で良いのだがな」


 この先この世界で生きていくのに、目の前で誰かが死んだからと言って戸惑うなどという事があればろくに生きていけない。

 だからこそ有難いものだ。


 それよりも――


「案内人が死んでしまったな…」

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