第2話『こいつは俺の分身だ』
この世界にはどんな願いも叶える事が出来る奇跡の力があるという。
実際にその力で九死に一生を得たという友達の話を聞いていた俺だったが、感想としては『胡散臭い』だった。
「あ。その顔、信じてないだろ!」
「まぁなー」
俺は裕太の言葉に曖昧な笑みを返しながら、両手で後頭部を支えつつ、上半身をのけぞらせた。
四本足の椅子を傾けて二本足で立たせながら、裕太を見ると、そこには真剣な顔をした友の姿があった。
「そもそも、そんな力があるなら、なんで世界から戦争が消えないんだよ」
「それは……分からない」
「だろうな。しかーし! 俺にはその理由がわかる」
「何だよ」
「簡単な話。そんな力は存在しないから。だろ」
「でも、俺はそれで目を覚ましたって母さんが言ってたぞ」
「ハァー。裕太。お前。お前が目覚めたのはお前のお母さんとか医者の先生とかが頑張ったからだろ。んな訳の分からない力じゃねぇよ」
「……っ! でも!」
「ま。お前のお母さん達が奇跡を信じたい気持ちも分かるけどさ。お前までそれを信じちゃ駄目だろ。お前がやるべき事は、その奇跡みたいな出来事を起こしてくれた人に感謝する事なんじゃねぇの?」
「分かってるよ!」
「おーおー。怒るな怒るな。お。噂をすれば、もう一人の奇跡を呼んだ天使様のご登場だぜ? 行かなくていいのか?」
「分かってる!!!」
裕太は俺に怒りをぶつけ、ゆっくりとした足取りで教室の外へと向かった。
扉の向こう側には、隠れる様に可愛い女の子が覗いており、裕太の姿を見つけると嬉しそうに微笑んでいる。
うーん。青春だねぇ。
「おいおい。浩人。あんまり裕太を怒らせんなよ」
「そういう奇跡なら奇跡で良いじゃねぇか」
「いや。そういう訳にはいかねぇ!」
「なんでだよ」
「だって納得出来ないだろ! あんな可愛い子を彼女にして最高に楽しい人生送ってるアイツに奇跡がやってきて、なんで俺に奇跡が無いんだ!」
「そら。お前が手に入れてもロクな事に使わんだろ」
「そんな事ないぞ」
「じゃあ聞くが、何に使うんだ? お前なら」
不意にやってきた問いに俺は腕を組みながら目を閉じて考える。
奇跡の力を手に入れて、何がしたいか?
ふむ。
「金だな」
「ほう。理由を聞こうか?」
「そりゃ金があれば幸せになれるし。俺が金をバラまいたらみんな幸せだろ?」
「浅い! そんなんで幸せか!?」
「金があれば幸せになれる。間違いない」
俺は何度も頷きながらそう言ったが、二人は納得出来ないようだった。
何とも分からないものだ。
どう考えたって幸せに一直線なのは金を手に入れることだろう。
「ボクは嫌いじゃないけどな。浩人の考え」
「ほらおら。見ろみろ」
「いや、西村は浩人がどんな意見でも味方になるだろ」
「奏は大親友だからな。当然だな」
「いや、別に褒めてないからな?」
「あ? どういうこっちゃ」
「あー。まぁ。うーん。分からなきゃ良いよ。忘れろ」
「そうか。じゃ忘れるか」
「お前……それで良いのか」
「まぁ、別に」
俺はとりあえず頷きながら、笑う。
そして友人たちの向こう側に見える裕太と笑う少女を見て、やはり奇跡なんてある訳ないと思う。
いや、もしあるとしても、それはやはり人の想いや力が集まったからこその奇跡だろう。
「ま。良いや。いずれ俺は世界の王になる男だからな。奇跡なんて要らないね!」
「出た出た。世界の王」
「そもそも世界の王ってなんだよ」
「王って言ったら王だろ。世界の王だぞ」
「いや意味わからんが」
「お前、大統領って知ってるか?」
「聞いたことあるぞ。何か偉い人だろ」
「まぁ、合ってるが……なんだ、何ていうか。この違和感は」
「しょうがない。将来王を目指すアホだぞ。浩人の頭を理解する事なんて常人には出来ん」
「あ~? お前らー。俺を馬鹿にしてんのか!?」
「やべぇ! バカの王に気づかれたぞ!」
「王に逆らう奴らめ! 今ここで王自ら滅ぼしてやろう!」
「なんて王だ! 逃げろ!!」
「逃がすかっ!」
俺は逃げ出す二人を追いかけようとして、突如何かが空から体に当たった様な感触がして盛大に転んだ。
そして遠のいていく意識の中で、確かに感じた。
超常の力が俺に宿った感覚を。
学校で盛大に意識を失った俺は、大事を取って早退する事になった。
早退って皆勤賞はどうなるのだろうか? 連続無遅刻無欠席の記録も気になるところだ。
少なくとも小学校三年の時から中学二年まで続いているし、消えないで欲しいが、こればっかりは分からない。
折角高校まで記録を伸ばして、大統領に賞状を貰おうと思ったのにな。
「アンタ。大丈夫かい?」
「大丈夫じゃねぇよ。母ちゃん」
「何!? どっか痛いのかい!?」
「痛くはねぇけどさ。せっかく無遅刻無欠席の記録を伸ばして、大統領に賞状を貰える筈だったのにさ!」
「このバカ! どこの国の大統領に貰うつもりだい! 自分の国の総理の名前ぐらい覚えておきな!!」
俺はよく分からない事で母ちゃんに殴られて、そのまま寝てろと言われて布団の中に入った。
とは言っても別に眠くも無い。
やる事も無かった俺は、机の上に置いてあったデッキを手に取って布団の上に広げ始めた。
しかし、一枚一枚のカードを手に取り、そのテキストを読んでいても頭にはまるで入らず、頭の中にあるのはあの時から俺の中に現れた謎の力だった。
コイツが何なのか分からないが、普通じゃないって事は分かる。
そして、多分コイツが裕太の言っていた奇跡の力って奴だって事も。
「でも、何で俺なんだ? もしかして、母ちゃん……どっか悪いのか?」
俺はいつも元気に笑ってる母ちゃんが倒れて動かなくなる事を想像し、急いで部屋を出て、また出かける準備をしている母ちゃんを呼び止めて騒ぐ。
「母ちゃん! 母ちゃん! どっか体悪いのか?」
「突然何を言ってるんだい。この子は。生まれてこの方病気になんてなった事は無いよ! 私は!」
「でもさ。俺、神様に選ばれちゃったんだよ!」
「何訳の分からない事言ってるんだい。私はまた仕事に戻るからね。アホ言ってないで、寝な!!」
「う……分かった」
俺はとりあえず布団に入りながら、遠くで扉が閉まる音を聞きつつ目を閉じた。
そして考える。
考える事はただ一つ。なぜこんな不思議な力が俺に宿ったのか、だ。
裕太と同じ様に家族を救うためであったなら、母ちゃんが病気になったり、事故に遭っていたりするハズだが、いつもと変わらない健康体であった。
という事はこれから何かが起こるのか?
その何かを解決するために俺は力を得たのか? 数多く居るヒーローと同じように。
「いや、無いな」
急に冷静さを取り戻し、俺は頭に浮かんだヒーローとして活躍する自分を消した。
漫画やゲームの世界じゃあるまいし。この世界に超人のヒーローが活躍する場所などない。
国内の犯罪は警察が捕まえるし、国外との争いは軍隊が解決するべきだ。
そもそも力で押さえつける前に話し合いで解決するのが正しいだろう。
という事は俺に出来る事なんて何もないという事になる。
「そうか。何もないのか」
俺は少しだけ残念に思いながら、目を開いて天井を見た。
出来る事が何もないというのは少し寂しいものである。
こんな力を持っていたとしても、何の役にも立たないのだから。
俺は一つ溜息を吐いてから、切り替える様に布団から勢いよく起き上がり、机に向かう。
無論勉強をする為ではない。
勉強道具など学校に置きっぱなしだし、俺自身家に帰ってまで勉強などする気が無いのだ。
まぁ別に学校でも勉強なんてやってないが……。
そういえば、今日帰ってきたテスト、見せたらまた母ちゃんに怒られそうだな。隠しとこ。
俺はバッグから俺の魂の一部を取り出して、それをポケットに入れつつ出かけるための準備をした。
何処へ行こうという目的も無いけれど、こうやって気持ちが行き止まりに着いた時は外に出かけるのが一番だ。
「うっし。行くかー。じゃ、行ってきまーす」
特に誰の返事も無いけれど、俺は家の中に声を掛け、外に出る。
そして鍵をかけてから、階段を下りていると、さっきぶりの奴に出会った。
「お? 奏じゃん。どした?」
「どうした。って。浩人くんこそ、大丈夫なの? 倒れたのに」
「おう。俺は大丈夫だ」
心配そうに階段の下から俺を見上げる奏に笑いかけるが、どうも浮かない顔だ。
何かあったんだろうか?
心配事か、悩み事か。ん? 悩み事!?
「奏!」
「うぇっ!? 何!?」
「お前、何か、悩みでもあるのか!?」
「ぇ、いや、それは……その」
俺の問いに困った様に視線をさ迷わせる奏を見て、俺は確信した。
これは間違いない!! 奏は何か困っている事がある!!!
俺は突然得た謎の力と、悩み苦しんでいる友達が目の前に居るという事実から、俺がやるべき事を理解した。
すぐさまソレを実行に移すべく、奏の手を掴むと家の近くにある公園に連れて行った。
小学校の時から変わらない俺の秘密基地へ。
戸惑った様に周囲を見渡している奏を奥に座らせ、俺は唯一の入り口から顔を出し、誰も周囲にいない事を確認する。
このドーム型の遊具は、今俺が居る円形の入り口からしか中に入る事が出来ず、しかも周囲は囲まれていることから、秘密の話をするには最適な場所であった。
「うし。じゃあ話、聞かせてくれ。ここなら俺以外誰もいないから、聞かれることは無いぞ」
「でも」
「なんだ。心配か? こうして俺がたまに外を見てるから、大丈夫だって」
「いや、そうじゃなくて、その、浩人くんに話すのは」
「なぬ!? 俺が言いふらすと思ってるのか!? こう見えても俺は口が固いんだ! 絶対に誰にも言いふらしたりはしないぞ! 言ったら腹を切るぞ!」
「そう、じゃなくてね。浩人くんには言いにくい事なんだ」
奏が困った様に口にした言葉に俺は首を傾げた。
そしてどうやらそれは奏にとっても言いたくなかった事であるらしく、自分の手で口を塞いでいる。
少しだけ理由を考えてすぐに察した。
つまり俺では解決出来ないと奏は考えているという事だ。確かに俺が出来る事なんて、それほど多くは無いだろう。
しかーし。今の俺に出来ない事など何もない!
「ふっふっふ。奏。今のお前は凄く幸運だぞ」
「へ?」
「何故なら! 俺は手に入れているんだ! 奇跡の力をな!」
「奇跡の力って、あの志藤君が言っていた奴?」
「そう。それだ。裕太がよく言っている、自分を助けたっていう奇跡の力だ。どうだ? すごいだろ。今ならどんな願いでも叶えてやるぞ」
「どんな、願いでも、叶えられる」
奏はゴクリと唾を飲み込んで俺を見つめていた。
この様子じゃかなり深刻な悩みがあったんだなぁ。なんだろうか。夕飯が食べられないとかだろうか。
俺は奏が願いを口にするのを待っていたが、奏は何度か口に出そうとして、何度もそれを止める。結局いつまで待ってもそれを言葉にする事は無かった。
だから奏の願いは分からない。
分からないが、俺がやるべき事は理解した。
俺は背負っていたリュックから俺の魂の一部であるデッキを取り出すと、その中から一枚のカードを取り出した。
これは俺が初めて自分で買ったパックから出てきたカードで、ずっと俺のデッキのエースだったカードだ。
思い入れがある。俺の最も信頼する相棒だ。
「奏」
「……、浩人くん?」
「これ、お前にやる!」
遊具の奥に座っている奏の元に歩みながら、手に持ったカードを奏に押し付けた。
そして、願う。
奏に何か困ったことがあるのなら、俺の代わりに相棒が助けてやってくれと。
俺の中にある力にそう願った。
果たしてそれは叶えられたのか。分からないが、俺の中から大きな力が消えていくのを感じる。
「奏。お前が何か困って、どうしようもなくなった時にこのカードに祈れ。こいつは俺の分身だ。だからきっとお前の助けになってくれる」
「……」
「まぁ俺に言ってくれても良いんだけどな。俺は奏の大親友なんだからさ。どんな時でも、どんな事でも、力になるぜ? 大した事は出来んかもしれんが」
俺の言葉が原因か、奏は俺の渡したカードを大切に両手で抱えながら、涙を流した。
泣かせてしまった!!!
どうしてだ!? こんなハズでは!!
俺は焦りながら、奏に言葉を色々と投げかけるが、奏は結局この日別れるまで泣き止む事は無かった。
そして、あれから数日が経ち、奏は遠く都会へと引越していった。
別れる日、多くの勇気を貰ったと言っていた奏は、笑いながら遠くの地へと旅立っていった。
俺の相棒と共に。
まぁ、長く俺を支えてくれた相棒だ。遠く離れた場所であろうと、今度は奏を支えてくれるだろうと思う。
「しかしお前も馬鹿だなぁー」
「あー?」
「なんで自分のエースカード渡しちゃうかねー」
「男気って奴だよ! うっせーな。今から新しいエースを手に入れるからな。見てろ!」
「一パックじゃ無理だろー!」
「良いから見てろ!! だぁぁああ!!」
「浩人。大変言いにくいが、ハズレだ」
「何がハズレだ! 新しいエースの力、見せてやるからな!!」
俺は手にした新しいカードと共に、新しい日常へと走り出す。
これは何も特別じゃない。どこにでもある日常の話だ。
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