九月十二日(火)

第43話

 俺の頭の大半をある事柄が占めていたせいで、今日は授業の内容もほとんど思い出せないくらいに上の空だった。そんな調子で、俺の意識としては早々に放課後を迎えた。正直に言うと、もう少し考える時間があっても良かったのではないかとも思った。けれど同時に、今更そんなことを考えたところで仕方がないこともわかっていた。

 俺は椅子を机の上に逆向きに乗せ、それを教室後方に下げ終わると、既に空いていたドアを抜ける。どうやら他のクラスもほとんど同じタイミングでHRを終えたようで、廊下には続々と生徒らの姿が増えてくる。俺は邪魔にならないよう、なるべく窓に寄る形で歩くことにした。

 夏休みが明けるとすぐに文化祭の準備があったせいで授業らしい授業もなく、そのため代休を挟んだ今日が実質的に二学期の初めであるという感覚の生徒も多いだろう。すれ違う生徒らの顔を見てみるとしかし、思ったほど疲れた表情もなかった。まだ初日だからかとも思ったが、いやと考え直す。きっと先日の文化祭の存在が大きいのだろうと思った。文化祭という大きなイベントを通じて既存の関係を確かめた者もいれば、新たな関係を築いた者もいることだろう。そうして、俺は廊下に増えた人の組み合わせを何となく眺めてみた。あの雰囲気を見るに、ただの友達同士という感じでもない。文化祭がきっかけで付き合い始めるとは何とも何ともだなと思ったが、俺も他人のことを言える立場ではなかった。

 そうして廊下を歩いていると、やがて目当ての教室が近づいてくる。そういえばと、一学期の終業式にもこんな風に彼女を教室まで迎えに行ったことを思い出す。けれどあの時とは違い、今日は茅ヶ崎には予め一人で帰ってくれるよう頼んでおいた。きっと気を利かせて一人でいつもとは別の階段から帰っているのだろう。そして、俺は廊下の向こうからこちらに歩いてくる彼女の姿を認める。向かい合う形で歩いていたため、距離が縮まるのに時間は掛からなかった。あの時も、教室まで行くことなく俺たちはこうして廊下で顔を合わせたのだった。

「お待たせ、並木くん」

 汐帆が俺にそう声を掛けた。淡いオリーブ色のシャツに薄い色のデニム姿というそれほど目立つ服装でもない彼女の姿を、それでも廊下ですぐに見つけることができたのは、今日ばかりは何もその身長のためだけではないだろうなと思った。

 汐帆が歩きだし、俺もそれに続く。2つの歩幅は次第に揃い、やがて横並びになる。そのタイミングで、俺は彼女に話し掛けた。

「あのさ、汐帆、今日これから時間あるか?」

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