第42話

 顔を上げると空は先ほど二人を見送った時よりも赤らんでいる。七月や八月のこの時間はまだ昼と同じくらい明るかったはずだから、次第に秋へと移ろうのは何も暦だけではないということだろう。いつもなら誰かと帰る通学路を一人で歩いていると、普段は気にもしない空の色にもつい目が行ってしまう。汐帆も茅ヶ崎も今日は文化祭の後処理の仕事があるせいで一緒には帰れない。けれど、今日はその方が都合が良かった。

 いつもは俺の進路を遮る信号の数々も、こんな時に限って青ばかりを示している。それがまるで、俺に考える時間を与えないようにしているかのように思えた。いや、わざわざ情緒的になる必要もない。そんなものに教えられるまでもなく、俺は結論を出さなくてはいけないのだ。先輩はすぐでなくとも良いと言ってくれたが、それに甘えるわけにはいかない。

 俺は自分自身の気持ちを確かめようとする。

 今だからわかる。俺は中学のころからずっと涼風先輩のことが好きだったのだ。それを罪悪感で蓋をして、気付いていないフリをしていた。ただそうだとして、俺は先輩を選ぶべきなのだろうか。彼女を想っていた期間が長いからと、本当にそちらを優先するべきなのだろうか。恋愛の、想いの深さとは、一体何を指標にすれば良いのだろう。

 俺はいつか剣谷が言ったことを思い出す。剣谷は俺が話した彼女の特徴が、かつての先輩の好きなところと一致していると言っていた。そして、繁華街の一角で俺は問われたのだった。『並木太陽は初恋を忘れられていないのではないか』、と。今ではそう問うてきた剣谷はある意味で正しかったのだとわかる。では、その先はどうだろう。俺は先輩の代わりを求めていたのだろうか。たとえば汐帆に告白した時、俺はそこに先輩の影を見ていたのだろうか。

 俺はそうして自問を続け、答えらしい答えを出せずにまた別の自問を繰り返す。

首を一筋の汗が伝う。暑さが今、自分の思考の正確さを奪っているのがわかった。俺は近くの自販機でジンジャーエールを買うと、それを勢いよく口に注ぎ込んだ。炭酸が喉を通る痛みに、思わず咽そうになりペットボトルを口から外す。けれど、そのおかげで幾分かは冷静になった気がした。

 結局のところ、いくら自問を繰り返したところで意味はないのだ。そんなことをするまでもなく、俺の心は決まっているはずなのだから。

 俺は手に持ったジンジャーエールを飲み干すと、空になったペットボトルを近くのゴミ箱に放り入れた。

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