第41話

「並木、本当に送ってくれて良かったのか?」

「ああ、まあクラスの方は俺がいなくても大丈夫って言われたからな」

 キャンプファイヤーが終わると、少しして閉幕を知らせる放送がなされ、そうして正式に文化祭は終わりを迎えた。文化祭実行委員の汐帆と茅ヶ崎の二人は剣谷と先輩に別れを告げ、委員会本部が設置されている会議室へと先に向かった。俺のような一般の生徒は放課後、クラスや部活での出し物の片付けをすることになる。部活にも所属していない俺は、そのため、剣谷と先輩の二人を正門まで送る余裕があったのだった。見ると、他にも同じような生徒が何人かいた。

「今日は本当に呼んでくれてありがとね。来られて良かった」

 先輩がそう言った。

「いえ、こちらこそ。わざわざ来てくれてありがとうございました」

 思えば、二人がこうして来てくれていなければ、今頃は去年とそう変わらない文化祭になっていたことだろう。

「あんまり長く話しててもあれだから、そろそろ行こっか」

 先輩が剣谷に向かってそう声を掛ける。

「……そうですね。じゃあ、またな並木」

 剣谷がそう言い、片手を上げる。それに俺も軽く片手を上げて答える。

 先輩が俺の方を見る。

「またね、太陽」

 先輩はそうして胸の前で軽く手を振った。それを合図に、二人は正門の外へと一歩踏み出す。そうして、朝以降初めて学校の敷地の外からこちら側を見た剣谷がひとつ声を出した。

「ああ、なるほど」

きっと今、剣谷の目には朝とは違った姿の看板が見えていることだろう。

「『カイマク』の頭に『ヘイ』を付け足して、『マク』のクの字に一本の横棒。そして最後に『来年』を付け足したのか」

 俺は剣谷が言った通りに看板を思い浮かべる。朝は上下に分かれて『文化祭 カイ マク』と書かれていたアーチ状のそれは、今では『文化祭 ヘイカイ マタ来年』と書かれているのだろう。

「な、だから帰るころにはわかるって言っただろ」

 俺は正門越しに剣谷にそう言う。

「それにダジャレだとも言ってたね。いやあ、これは自分で気付きたかったな」

 剣谷は悔しそうにそう零した。いや、と思う。『閉会』という言葉は集会や会議などに用いられるもので、文化祭という今日この場に適当なものではないはずだ。つまり、そもそもがフェアな謎ではないのだ。そう伝えようかとも思ったが、止めておいた。言ったところで剣谷が、それでも当てたかったと言うことは目に見えていた。先輩の方は「へえ」と言っただけで、そもそもあまり興味がなさそうだった。

 そのやり取りを最後に、俺たちは今度こそ本当に別れることになった。名残惜しくもあったが、青空の下、遠くからこちらに手を振り続ける先輩の姿を見て、その感情はもう少し仕舞っておくことにした。そうしてやがて二人の姿が小さくなったところで、俺のポケットに入ったスマホの通知音が鳴る。ディスプレイには先輩からスタンプが送られてきたことを示す通知が表示されていた。自分で通知欄からはスタンプの内容を確認できない設定にしておいて、この時はどうしてそんなことをしたのかと煩わしく思う。そうしてようやく俺はアプリを開く。先輩とのトークの一番下には可愛いキャラクターのスタンプで『待ってるね』と表示されていた。

俺はもう一度二人の後ろ姿を確認しようとする。けれど、そうして先ほど二人のいた地点を見てみたところで、最早その姿はなかったのだった。

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