第32話
俺たち五人は、「とりあえず最初は校舎の中見てみたいな」と言った先輩の提案に同意し、昇降口へと向かっていた。自然と、この学校の生徒である汐帆と茅ヶ崎、そして俺の三人が前方を歩き、他校の生徒である剣谷、先輩の二人が後方を歩く形になった。
「それにしても、太陽とこうして会うのも久しぶりだよね、終業式以来?」
「多分、そうですね。でもお互い家近いんで、もしかしたら知らずに会ってるかもしれないですよ」
「あはは、流石に太陽がいたらわかるでしょ」
先輩はそう言って笑った。
「そういえば、俺もすずさんと会うの久しぶりですよね」
先輩の横を歩く剣谷が思い出したようにそう言った。
「あれ、二人は一緒の学校なんですよね。学校では会ってないんですか?」
話を聞いていた汐帆がそう尋ねる。
「あ、ううん。私、夏休みの終わりくらいから一昨日まで家族と旅行に行ってたの。それで昨日は特別に私だけ別教室で始業式の日に受けるはずだったテストを受けてて誰とも会ってないから、一学期の終わりから今日までけんけんとは会う機会なかったんだよね」
「へえ、良いですね。どこに行ってたんですか?」
そうして汐帆と先輩は話を広げる。一昨日までというと、少なく見積もっても十日くらいは旅行に行っていたことになる。俺が家族で旅行に行った最後の記憶など物心がついてからのものはないはずで、きっと先輩の家族は相当に仲が良いのだろう。それか俺の家庭が余程澆薄なのか。後者でないと良いが。
ところで、こうして汐帆と先輩が言葉を交わしているのを見ると、二人の相性は決して悪いものでもないように思える。思えば、汐帆は一年のころから俺と親しくしてくれていたこともあり、そもそも人付き合いが苦手なタイプではない。同じく、先輩にしても人見知りをするような人ではない。
そうして俺は隣を歩く汐帆を見て、ひとつ気が付いたことがあった。
「そういえば、汐帆は委員証付けてないけど良いのか?」
俺は自分の首元を指差し、汐帆にそう言った。先ほど委員会云々の話をしていたことも俺の頭にあったのだろう、見ると、同じ文化祭実行委員の茅ヶ崎は委員証付きのネックストラップを下げているのに対し、汐帆の場合は見当たらない。先ほど校門前のテントで受付の準備をしていた人たちもみんな首からそれを下げていたはずだ。
「あ、私も一応持ってはいるよ」
汐帆はそう言うと、ズボンのポケットの中から委員証を取り出してみせた。
「ああ、いや、そっか。……悪い、汐帆」
「ううん、大丈夫」
つまらないことを聞いてしまったと反省する。いつもなら憶えているだろうに、今日はどこか浮ついているのかもしれない。それに、文化祭二日目の今日、こうして付けていないのところを見ると、必ずしも付けなければいけないというものでもないのだろう。他の三人も俺たちの会話が自分に関係ないとわかると、特に気に留めていないようだった。
やがて何分もしないうちに昇降口へと辿り着いた俺たちは、その人の多さに圧倒された。文化祭が始まってまだそう時間が経っていないせいなのだろうが、それでも昨日の校内祭ではこれほどまでに人でごった返すこともなかった。
「うわあ、すごいねこれ。どうする? 別の入り口から入る?」
茅ヶ崎がそう関心半分の声を出す。
「まあでも少し待ってればすぐに収まるだろ」
俺はそう提案する。一見すると人が詰まっているように見えるが、よく確認すると少しずつ人が減っていっている。きっと見た目よりも混雑の状況は酷くはないのだろう。この分なら、もう何分もしないうちに俺たちも入れるようになるだろう。それに、別の入口にしても、同様の考えを持った人が集まり、結局混雑は避けられないような気がする。俺の提案に茅ヶ崎も「そっか」と言って納得したようだった。剣谷と先輩の二人が早くに来てくれたおかげで時間に余裕はあった。
「それじゃあ、今のうちにどこから周るか決めとこっか」
汐帆はそう言うと、委員証を出したのとは反対側のポケットの中からマットコート紙でできた三つ折りのリーフレットを取り出した。汐帆がリーフレットを取り出したのを見て、先輩も「あ、それ」と言い、同じものを自分の鞄の中から取り出す。先輩の分はさっき受付で貰っていたものだった。
「こうして見ると候補がありすぎて難しいね。全部の学年のほとんどのクラスがそれぞれの模擬店をしてるのに加えて部活動の展示や何かもあるわけだし……」
汐帆が悩まし気にそう言う。
「これとか、この暑さなのにうどんって、ちゃんと売り上げ出るのかなあ。ま、余計なお世話なんだろうけどさ」
茅ヶ崎がそう口にする。
「でも、確かにどうなんだろ。見た感じうどんを扱ってるのはそこだけみたいだけど」
剣谷が茅ヶ崎に同意する。確かにこう暑くてはうどんだけでなく温かい食品類などは敬遠されそうだが、実際は違っていたりするのだろうか。お好み焼きやタコ焼きなんかもそれで言うと温かい食品だが、それでも一定の人気はある気がする。お祭りの屋台などがその最たる例だろう。そもそも、ある程度売れる目算がなければ扱おうとはしないはずだから、文化祭でも客の入りは良かったりするのだろうか。
「そういえば、潮見さんと茅ヶ崎さんの二人は昨日委員会の仕事で周れなかったって聞いたけど、並木は普通に周ってたわけだろ? 何かお勧めとかないの? ここは行っておいた方が良いみたいな」
剣谷が手に持ったリーフレットから顔を上げて、そう俺に尋ねる。
「いや、実は俺も昨日は自分のクラスの仕事が忙しくてあんまり周れてないんだよな。空き時間もあるにはあったけど、ずっと学食で暇潰ししてたからな、お勧めらしいお勧めも……」
俺がそう言うと、一瞬ぴたりと会話が止まった。
「……ごめんね、並木。私が委員会の仕事を早く切り上げてれば……」
「私も。忙しさにかまけて並木くんのこと蔑ろにしてた……」
「太陽……その、寂しかったらいつでも私のこと呼んでも良いからね」
「うん、俺もその時はなるべく会えるようにするよ」
……こいつら、揃いも揃って。
「か、勘違いするなよ。別に一緒に周る友達がいないとかじゃない。ただ偶々そいつらとは時間が合わなかったってだけだ」
俺がそう弁明するも、四人は訳知り顔で頷くばかりで、本当に俺の話を聞いているのかすら怪しかった。今のこいつらに一体俺はどう見えているんだ。
「あ、そうだ。冗談はさて置くとして、学食と言えば、今日は涼風さんと剣谷くんの二人は学食に入れないんで注意してくださいね」
こいつ、今俺の話をさて置きやがった。
「学食? どうして?」
茅ヶ崎の言葉に先輩がそう返す。
「なんでも去年だか一昨年だかの文化祭でお昼時の学食に想定以上の人が殺到したらしくて、それでちょっとしたトラブルが起きたらしいんです。それ以来、一般祭では学外の人の学食の出入りは制限されるようになったんですよね」
「あ、本当だ。学食のところに注意書きで『時間帯を問わず、学生食堂の利用は学内関係者に制限します ご了承ください』って書いてあるね」
剣谷がリーフレットを手にそう言った。そうなのか、知らなかった。
「今日の朝の委員会議でも言及されてたね。確か實島先生が学食の入り口付近で検問するって言ってたような気がする」
實島と言えば、終業式の日にわざわざ椅子を設置してまで正門前で生徒らを見張っていた先生だ。前回といい、あの人は力の入れどころを些か間違えているような気がする。見ると、茅ヶ崎が「うげえ、そうだっけ」と舌を出していた。
「まあ何にせよ学食には入らなければ良いってことだよね」
剣谷が二人に向かってそう言う。
「それで何だっけ。あ、まずどこ周るかって話だったよね」
「ああ、そういえばそんな話だったな」
茅ヶ崎に言われ、俺も思い出す。
「あ、じゃあひとまず太陽のクラスに行ってみるっていうのは? それで、そこまでの道で気になったところがあれば入ってみるみたいな」
先輩がそう提案する。
「あ、それ良いですね」
茅ヶ崎が真っ先にそう口にする。剣谷と汐帆の二人にも異論はないようだった。
つまり、この中に異論があるのは俺一人ということらしい。
「ま、待ってください、考え直しましょう。俺のクラスなんて別にそんな、大して面白みもないところで……」
「あ、見てください。ちょうど空いてきましたよ」
茅ヶ崎が昇降口の方を指差して言う。確かに、こうして話している間に昇降口付近の人込みは随分と解消されていた。今からでも町内中にビラを配るかどうかして、入口を塞げないものだろうか。いや、いっそあの扉を破壊するというのも……。
「じゃ、行こっか」
俺の考えを他所に、先輩がそう言ったのを合図にして四人は昇降口へと向かっていく。
「並木くんも行こ?」
一人渋る俺に汐帆が優しく声を掛けてくれる。
……こうなってしまえば仕方がない。もうやけだ。俺は覚悟を決め、手を固く握ると、四人の後を追ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます