第30話

 この学校では文化祭に際し、すべてのクラスで各々のクラスTシャツを制作する。そして、何か事情がない限りはそのクラスTシャツを着用しなければならないことになっている。事情とはつまり、演劇や模擬店などをする際に衣装を着替えなくてはならないのことを指し、そのためどの部にも属していない俺は、ご多分に漏れずクラスTシャツを着ることになったのだった。自分では決して選ぶことがないようなライトグリーンの生地に、クラスメイトがデザインした、いかにもなイラストがプリントされたそれを着るのに、初めのころは少しだけ気恥ずかしさがあった。けれど、周りの誰しもが自分と同じような服装をしているのだということに気が付くと、そんな感覚も次第に薄れていった。担任が去った後、そうしてクラスTシャツに着替えた俺たちは自分たちのクラスの模擬店の準備に入った。とはいえ、前日の校内祭で要領は心得ていたため、さして手間取ることもなく終えることができた。クラスの模擬店での仕事はシフト制になっており、本来なら俺も今日は手伝うことになっていたが、昨日の校内祭で欠員が出てしまい、その代わりとして長時間駆り出されていたため、今日は自由に文化祭を周れることになっていた。

そして、俺は文化祭が開催されるまでの間、期せずして生まれたこの時間を校門付近で潰すことにしたのだった。学校の敷地内、校門付近には仮設のテントが置かれており、そこでは首から文化祭実行委員と書かれたカードを下げた人たちが、一般の来客向けの案内が書かれたリーフレットなどをせっせと準備していた。そんな人たちの内の一人と一瞬目が合う。私たちはこんなに働いているのにお前はそこでくつろいで何をしているのかと言われたような気がして、俺は少し離れた場所にいることにした。

 やがて校門前には俺と同じく自分たちのクラスの準備や部活動での展示の準備を終えた生徒が増えてくる。俺は校舎に取り付けられた時計を見上げる。短針は九時の方向を指していた。丁度その時、放送の音が聞こえてくる。

「みなさま、お待たせしました。これより、第四十三回浜石高校文化祭、開幕です」

恐らく放送部だろう、いかにも快活とした声によって文化祭の開催が告げられた。辺りにいた人は待ってましたとでも言わんばかりに声を上げた。いや実際にそう言う声もあったような気もする。

 俺は校門前の先ほどの場所までもう一度やってくる。今度は委員会の人に睨まれるようなこともなかった。彼らは入場してきた一般客の対応に忙しそうだった。五分くらい待っただろうか。やがて、俺は一般客らの中に目当ての人物の姿を見つける。向こうも俺に気が付いたようで、受付でリーフレットを受け取ると、それを空中でパタパタと振りながらこちらに向かってくる。

「来たよ、太陽」

 涼風先輩は俺の前まで来ると、笑顔でそう言った。

「はい。ありがとうございます先輩」

「おいおい、俺もいるんだけど」

 先輩の後ろからやけに背の高いやつがぬっと出てくる。

「ああ、悪い見えてなかった」

「嘘つけよ」

 そう言って剣谷は少しむっとした表情を作ったが、俺と先輩が笑うと、剣谷もすぐに表情を崩した。

見ると剣谷は白のワイシャツに紺のズボン、先輩は半袖のセーラー服と、二人ともいつか会った時と同じ姿に身を包んでいた。恐らく他校の文化祭ということもあり、私服よりも制服の方が適していると判断したのだろう。一般客の中には二人の他にも制服で来ている人もおり、そのため他校の制服だからと二人が特別浮いているということもなかった。

 ただ、制服だからと浮いていないとは言ったが、それは二人が浮いていないという意味ではなかった。先ほどから、ちらちらと俺たちを窺っては何か話をしている人が目に付く。もちろんその理由は明らかだった。ここにいるのは、一般的に見て眉目秀麗な剣谷と容姿端麗な先輩。それに加え剣谷は人よりも相当に上背がある。きっと今こちらを見ている人たちの目にはドラマか何かの世界から出てきたような、そんな二人の姿しか目に入っておらず、俺の姿など映ってすらいないのだろう。

 俺は先輩の方を見る。

「もしかして二人、ここまで一緒に来たんですか?」

「ううん。けんけんと会ったのは偶々。でもまあ考えてみると、開場までは中入れてもらえないんだったら丁度そのくらいになるように家出るし、そうなったらやっぱり途中で一緒になるよね。どうして?」

 先輩は俺の方を向いてそう尋ねる。

「いや、別に。ただ、そうなら目立っただろうなと思っただけです」

「あはは、かもね」

 俺の言葉を受けて先輩は少し困ったように笑った。

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