第26話

「あのね、太陽、もう私たちのこの関係終わりにしない?」

 顔を上げた先輩はそう口にした。

俺は降ってくる隕石でも眺めるようにして、先輩の顔を見た。

「終わりって、な、何でですか。俺、今日何かしましたか? もしかしてその男に脅されたとか……」

 俺が矢継ぎ早に問うも、先輩は首を振った。首元辺りで切り揃えられた髪が左右に小さく揺れた。

「ううん、今日は本当に楽しかった。今日だけじゃない。太陽は本当に私のために、良くしてくれた。ほんとに感謝してる。それに、誰かから言われてってわけでもないの」

「なら、なんで……」

 俺はそう尋ねるしかなかった。この歪な関係を誰の、どのような思惑によって終わらせなくてはならないのか。それが聞きたかった。

「太陽たちといるのが楽しくてこれまではあんまり実感なかったんだけどさ、もう十月なんだよね。太陽は二年生だけど、私は三年生なわけでしょ? 流石に本腰入れて勉強しないと、ね」

「そんなの……」

 そんなの勝手すぎる。そう言おうとしたが、俺にそんな言葉を言う権利などないことはわかっていた。こんな仮初の関係など、いつどんな理由で解消されてもおかしくはなかったのだ。相談を持ち掛けてきた先輩がそう言うのなら、この時の俺にはそれを承諾するしか他になかった。けれど……。

 納得できない俺の顔を見て、先輩は続ける。

「今日も出掛けるって家を出るとき、実は親から良い顔されなかったの。私、最近は休日になるとほとんど太陽といたでしょ? どこ行くかははぐらかしてきたつもりだけど、やっぱり親には何となくバレてるもんなんだね。こうして塾にも行かせてもらってるのに、申し訳なくて……」

 改札から出てきた人が俺たちのことを一瞬見ては去っていった。

「それに告白してきた男子も私と同じ受験期なわけだから、流石に告白してくるってこともないと思う。うん、考えてみればそこまで心配する必要もないのかなって。あはは」

 先輩の笑い声が聞こえても、その表情までは見えない。

「そう…ですか……」

 俺はようやくのことでそう口にした。

「うん。……だから今日で恋人のフリは最後。今まで私の我儘に付き合ってくれてありがとね、太陽」

 そう口にした先輩の顔はしかし、相変わらず西日に隠されていた。一瞬見えた口元は笑っていたようにも思えたが、目元はよく見えなかった。

 駅から自転車で帰る俺は、先輩の言葉を詭弁だと思った。先輩は受験勉強のためだと言っていたが、俺が先輩を学校まで迎えにいくことがその邪魔になるとも思えない。親に塾に行かせてもらっているからというのも、塾自体には休むことなく通っているわけだから問題はないように思う。確かに休日に遊びに行くというのは親の心象として良くはないかもしれないが、だからといって関係自体を解消する必要はないはずだ。それに、相手も受験期だから告白してこないだろうという最後の言はもっとおかしい。聞いた話によれば、その相手は受験勉強や何かを理由に断る先輩にまずは形だけで良いからと交際を迫ったはずだった。そんな相手が自分も受験期だからという理由で先輩へのアプローチを控えるとは思えない。

 目の前の歩行者用信号が赤になり、俺は自転車のブレーキを掛ける。

 先輩が俺との関係を解消したかった本当の理由は、決して受験勉強だとかの外的要因ではない。では本当の理由とは何か。たとえば俺への忌避感からという線はあるだろうか。いや、だとするとそもそも休日にまで俺と出掛ける必要がない。あれは少なくとも俺のことを嫌ってはいないという証拠ではないだろうか。では他には?

 そうして考えてみたものの、この時の俺にとって、先輩の気持ちは察せるようなものではなかった。

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