第24話

 中学生だった頃の俺は放課後の塾が終わると、剣谷、涼風先輩と三人で塾の近くの公園で駄弁ることが日課になっていた。三人とも学校が終わると一度家に帰ってから自転車で塾に通っていたから、自転車は公園の入り口付近にそれぞれ停めていた。中学生という年齢もあって、三人とも遊具で遊ぶこともなく、空いたベンチでただ座って話をしていることが多かった。話の内容はいつも他愛のないことばかりだった。当時流行っていたゲームの話をすることもあったし、それぞれが通っている学校の先生の悪口を言うこともあった。

 ある日、塾を終えた俺はいつもと同じように三人で公園に向かうつもりだった。ところが、剣谷が急に用事を思い出したとかで先に帰ったため、俺と先輩の二人だけになることがあった。この時には剣谷は俺が先輩のことを好きなことを知っていたから、今思うとあれは剣谷なりの気回しだったのかもしれない。そうして先輩と二人になった俺は、かと言って剣谷がいないからと別れてしまうのも変に思い、いつもの公園へと向かったのだった。日もほとんど暮れかけ、公園に俺たちの他に人はいなかった。そして、俺はどこかそんな状況に緊張しつつも、いつものようにベンチで先輩と一緒に何でもない話をしていた。やがて辺りが暗くなり、俺がそろそろ帰りましょうかと言い出そうとしたところで、先輩がいかにも深刻そうに「悩みがある」と言い出したのだった。

「実は、最近同じ学年の男子に告白されたの」

 そう先輩から聞かされた俺は、表情では努めて平静を装っていたが、内心ではそれこそ心臓が飛び出してしまいそうなほど驚いた。

その当時から先輩は綺麗だったし、誰とでも仲良くなれるような気さくさがあった。当然彼女を好きになる人は多いだろうと思った。同じ学校に通っていた剣谷からも、「あの人は人気だね」という話もよく耳にした。そのため、すぐにその告白を断ったと聞いた時は、やはり心底から安心したのだった。

「あれ? でも断ったんなら何で悩んでるんですか?」

 俺は疑問を口にした。

「うん。それがね、告白はちゃんと断ったんだけど、それだけじゃなかなか諦めてくれなくて、その後も何度もアプローチしてきてさ。それも、結構しつこく……」

 俺はその見ず知らずの男に憤りを覚えつつ、同時にどこかで同情した。先輩を想うという点において、俺とその男は重なる部分があるとも言えそうだったからだ。だけど違うのは、先輩は俺を頼ってくれているということだった。

「俺にできることがあるんなら何でもします。けど、学校だって違うわけだし、俺にはこうして話を聞くぐらいのことしか……」

 いくら先輩が頼ってくれたところで、この時の俺はそう言うしかなかった。その男がしつこく先輩にアプローチすると言っても、俺は実際にその場面を見たわけでもない。その男の人となりも何もわからないため、結局のところ、この時の俺にはやはり先輩の悩みをこうして聞くことくらいしか思いつかなかった。

「ううん。太陽にもできそうなこと、あるよ。……その男子の前でね、私と付き合ってるフリをしてほしいの」

 先輩の言葉は確かに俺の両耳を通り抜けたはずなのに、俺はその言葉の意味までを上手く理解できないでいた。俺と付き合ってるフリ? それがどうして解決に繋がるというのか。

「受験勉強があるからとか、今はそんな気分じゃないからとか、色々な理由で告白を断っても、その男子は私に今付き合ってる人がいないなら、まずは形だけでも良いからって言って折れてくれそうにない。じゃあ、そもそも私に彼氏がいるんなら、彼の論法も通用しないんじゃないかって思ったの」

 なるほど、先輩の言いたいことはわかった。それに何より先輩の申し出は俺にとっては願ってもないことだった。だけど、それでもまだ疑問は残る。

「でも、それなら相手は誰でも、たとえば剣谷とかでも良いわけですよね。同じ学校だし、色々と融通も利くと思いますけど」

「ううん、けんけんじゃ駄目なの。太陽の言う通り、同じ学校だからこそけんけんとは顔を合わせる機会が多い。だけど、その分ボロが出ないように注意して行動する必要がある。一度でも私たちが本当は付き合っていないんだって思われたら、それだけでこの計画は駄目になっちゃう。だから、通う学校が違って、だけどほとんど毎日会う太陽が私の彼氏役としては一番適してると思ったの」

 俺はそう話す先輩の言葉に、そういうものかと納得した。確かに先輩の言うように同じ学校に通う生徒が相手では、常に恋人としての役回りを求められることになる。実際に付き合っているのならいざ知らず、フリであればどこかで必ずボロが出る。そこをその男に見咎められれば、きっとまた先輩は今と同じ状態になるだろう。

「そういう事なら、わかりました。俺に務まるかどうか自信はないですけど、やれるだけやってみます」

「本当? 太陽がそう言ってくれて助かったあ。実はこう見えて、本当に告白してるみたいに緊張しちゃってたんだよね。あはは、フリのお願いなのにね」

 先輩は照れたように笑った。目が細くなるのが可愛かった。色々と先輩には疑問を投げたものの、俺のことだからきっと先輩がどう答えようとこの提案を受けたのだろう。自分で相手は剣谷でも良いのではないかと言っておいて、「うんそうだね」とでも言われようものなら、何か理由を付けてでも俺にしてくれと頼み込んでいたはずだ。結果的にそうならずに済んだだけのことだった。

「じゃあ取り敢えず今日は帰ろっか。詳しい作戦はまた明日以降考えよ。もうだいぶ暗くなってるし」

 この時、辺りにはちらほらとスーツ姿の人がいるくらいで、街灯の下、俺と先輩は少し浮いているように思えたことを覚えている。

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