第21話

 雨がパラパラと降っていたが、買っておいた雨具のおかげでそれほど気にならなかった。心臓が早鐘を打つ。思えば、今までにこうして誰かに自主的にプレゼントを渡すようなことがあっただろうか。誕生日やホワイトデーといった日にプレゼントやお返しを潮見に渡すことは確かにあった。だが、こうしてサプライズでのプレゼントというのは恐らく初めてだった。

 俺は紙袋を持った右手に力を込める。

 強制力がないからこそ、このプレゼントには意味がある、と思う。恐らく途中からは気付かれてしまって最早サプライズにはなっていないかもしれないが、それでも少しでも喜んでほしいと思うのは、渡す側の我儘だろうか。

「その……潮見──」

 そこまで言って、俺は早くも自分が失敗してしまったことに気が付く。

「あ、いや悪い……」

 終業式の日、潮見と二人で下校している時だった。二人でいる時には苗字ではなく名前で呼ぶように決めていたのに、俺は『潮見』と呼んでしまったのだ。俺はまた名前を呼び間違えるというミスをしてしまう。

 彼女は一瞬だけ複雑そうな顔を見せたが、すぐにふっと微笑みふるふると首を振った。

 俺は気を取り直して手に持った紙袋を前に差し出す。

「その、センスはないかもしれないけど、精一杯選んだんだ……」

「ううん。こうして貰えるだけでも嬉しい」

 そう言うと「ここで見ても良い?」と聞いてくる。俺は緊張しつつも頷く。彼女は雨に濡れないよう、身体の下で袋に手をかけた。ブランドロゴの入った紙袋の中からは綺麗にラッピングされたハート型のケースが出てくる。

「ケースは、それしかなくて……」

 俺は恥ずかしさからつい言わなくても良いことを言ってしまう。

 そしてラッピングに掛けられた手はやがてケースの蓋を開ける。俺は黙って反応を待つしかなかった。

「……綺麗。付けてみるね。……どうかな?」

「月並みかもしれないけど、その……似合ってる。本当に」

 雨具のせいで多少格好はアンバランスかもしれないが、俺は心からのその言葉を目の前の彼女に伝えた。そんな俺の下手くそな褒め言葉を聞いた彼女は、その時今日一番の嬉しそうな顔を見せてくれたのだった。

 今日の俺は、きっと彼氏としての役割をほとんど果たすことができていなかっただろう。自分でも上手くいっていたとは思えない。けれどこの瞬間だけは、彼女のこの顔を見られたことですべて忘れてしまっても良いのではないかと思った。きっと、後悔も含めて。夏真っ盛りと言える気温だったが、構わず俺は彼女の手を取った。柔らかい感触が伝わってくる。

 ふいに大勢の人の歓声とともに、大きな音が耳に入った。

 この時、ちょうど一発目の花火が打ち上ったのだった。

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