エピローグ

 どこか遠くで救急車のサイレンが鳴っている。何となく、その音が空から伝って聞こえてきたように思え、俺は頭上に目を遣る。ただ青色と言うよりも、空色と言いたいような、見事な秋晴れだった。

 すれ違う人たちを見てみても、半袖を着ている人は随分と少なくなった。夏は嫌いではなかった。それに、今年の夏は本当に色々なことがあったから、きっと忘れることはないだろう。

 ふと、一人の女性の後ろ姿が目に留まった。背が高く、黒髪を背中の真ん中くらいまで伸ばした女性だった。顔は見えない。こちらの歩幅の方が大きいようで、やがて何分と経たないうちに俺はその女性を追い抜かす。

 あれから、茅ヶ崎さんと並木の二人は別れたと聞いた。俺の送ったメッセージが原因かとも思ったけど、どうやらそれよりも前に茅ヶ崎さんは並木と話をしていたと聞いた時には、思わず胸を撫でおろした。

 すずさんと潮見さんは同じ予備校に通っているらしい。そのこと自体は本当に偶々らしいけど、今ではお互いに名前で呼び合う仲だと聞いた。

 風が頬を撫でる。涼しさを含んだ、秋の風だった。

 並木と潮見さんの関係がその後どうなったのか、俺は知らない。興味がないというわけではないけど、俺からそのことを尋ねるなんてことはないだろうし、恐らく今後誰かから聞くということもないだろう。だけど何となく、心配するほどのことにはなっていないと思っている。俺は探偵じゃない。だから、これは推理でも何でもなく、ただの勘だとしか言えなかった。

 やがてアーケード街を抜け、通りに出る。俺はいつものように喫茶店へ向かおうと、迷うこともなくそちら側に足を向ける。

 遠くに、今度は先ほどとは違い、見覚えのある後ろ姿が目に入った。いつかと同じように、制服にリュックサックを背負って一人で歩いている。

 俺の頭にはいくつかの考えが浮かんでいた。急に後ろから声を掛けて驚かせようか。それとも、気付いていないフリをして追い抜いてみようか。別にそのどちらでも、何ならどちらでなくとも良かった。ただ普通に声を掛けるだけでも。そうして、俺は少しだけ足を速めたのだった。






                                     了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この初恋に探偵はいらない 稔基 吉央(としもと よしお) @yoshio_itakedaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ